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ピタリと決まった照明では「食」は豊かにならない
──東京都市大学・小林茂雄教授に聞く

2024.6.28
ピタリと決まった照明では「食」は豊かにならない<br><span>──東京都市大学・小林茂雄教授に聞く

小林さんが照明計画に携わったフレンチレストランのバーラウンジ。同店は、後述する評価実験に協力している(写真:東京都市大学小林茂雄研究室)

本来その場所に様々なアクティビティの可能性があるのに、照明計画の際にそのポテンシャルを見落としてしまうことがある。その結果、多様に起こり得る生活シーンを埋没させることになるかもしれない。特に飲食店は、食べたり飲んだりするのみならず、対人的なコミュニケーションをはじめ人間の本能や人生の本質に関わってくる大切な場所である。それらを考慮すると、これまで以上に豊かな光環境を開拓できる余地がある。「食と光」の関係を研究対象にしてきた東京都市大学教授の小林茂雄さんによる、照明デザインの可能性を広げるための問い掛けに改めて耳を傾けてみたい。

定式化されすぎている飲食店の照明計画

LED照明とその制御技術の普及・発展に従い、商業空間や娯楽空間では多彩な光色による表現や、移り変わりを感じるような演出が増えた。しかし、テーブル周りなど飲食空間のメインの場所で例えば赤・青のような光色を採用したり、極端に暗い照明を採用したりする事例は現れにくい。店のファサードやアプローチで冒険的な演出が試みられたとしても、テーブル面やこれを取り巻く店内自体はオーソドックスな手法のまま。料理の見栄えを重視する演色性や、経験則として適度に落ち着ける色調や明るさといった、定番の計画から抜け出せずにいる。これは、「料理がおいしそうに見える」照明を追求してきた結果である。光色を用いることなどで生まれる多様な効果にはあまり注意が払われてこなかったのが一因だ。

小林さんがまず着目したのは、食欲の増進とは逆に、その減退に光色がどう影響するかという点だった。さらに、「飲食」という行為そのもの以外に、そのときに伴う様々な行動──例えば会話などに対する光環境の効果を検証してきた。「私が感じてきたのは、計画する側が空間の主な機能に基づいて色温度や照度を定式化しすぎているということです。つまり、照明計画のパターンがあまりにも限られているという問題があります。例えば、飲食店のテーブル周りでは、料理や同席者の顔が自然に見やすいように配慮することに焦点が当てられがちであり、それ以外の可能性が排除されてしまっています」と小林さんは指摘する。

「光環境や視環境をつくる仕事には、人々の生活のリズムや行動、人と人とのコミュニケーションを促進する役割があります。飲食の体験ひとつ取っても、様々な状況と結びついています。例えば、活発な会話が生まれたり、人々の距離感が近づいたり、声が静かになったりすることです。しかし、飲食に伴う様々な行動が生活のなかでどのような意味を持つのかが無視されがちです。飲食店に限らず、オフィスや住宅、図書館など、あらゆる場所で、光によってつくり出される範囲が限定されており、生活の豊かさを引き出せていないように感じられます。非常にもったいないと思います」(小林さん)

行動を変えるために、もっと光を活用できる

小林さんは長年にわたり、飲食空間と光環境の関係に目を向けてきた。特に、LEDの普及が始まった2000年代に、光色と食欲の関係について研究を重ねた。飲食店をデザインするときに、ワンポイントの演出に限らず、テーブル周りやテーブル面に電球色以外の青や赤などの光色を使いたい場合はあり得るだろう。光色は感情を微妙に揺さぶるため、演出としてだけでなく、場づくりに応用できると考えた。例えば青色光は冷静な会話を促すことが知られている。

飲食のためには不自然さや違和感が生じるかもしれない。では、どんな光色の下でどんな食品に対面すると食欲が落ちるのかを条件を変えながら探った。その因果関係を把握しておけば、例えば赤・青のような光色の照明を使っても食欲に影響を与えずに済む料理や食材、ドリンクの酒類を判断できるようになる。メニュー類の工夫と併せながら、利用客の食欲をあまり損なわずに新しい空間づくりに臨めるようになる。

光色の違いにより、ある食品を「抵抗なく食べられる」と回答した被験者の比率。食欲低下の要因を探るなかで、食品の色以外にその温度や鮮度の影響も分析の対象としている。光色を用いても食欲が低下しにくい食品や、食品と光色との組み合わせの相性などを検証した(資料:「鮮やかな光色で照明された食品に対する食欲/2008年」より抜粋)
実験に用いた食品の一例(資料:「鮮やかな光色で照明された食品に対する食欲/2008年」より抜粋)

研究の関心は、多様な行動が起こる場所としての飲食店の在り方に広がった。これは会話や視線の向きや姿勢変化など食事中の個別の行動をテーマとするものから、フルコース料理を楽しむときの長い時間のなかでの展開に目を向けたものにまで及ぶ。

光環境により、飲食の際の行動は徐々に変わっていく。そうした行動変化は無意識になされるため、アンケートのような手段では把握できない。そこで実際の飲食店に出向いて、観察調査と実験を繰り返した。その結果、一定の時間を過ごす相手がいる場合、声の大小やスピード、視線の合わせ方、姿勢やお互いの距離感などに照明の影響が表れると分かった。さらに会話の仕方やその内容の深さまでも変わりやすいことが明らかになった。

「店をデザインするときは、内装の雰囲気などの意匠的なところに注意が行きます。料理の見え方と食欲の関係ももちろん重要です。それに加えて、そこで起こるコミュニケーションなどの行為との関係に着目するべきでしょう。そうすればレストランやバーでは照明計画の幅が広がるはずです 。しかし、光色や照度は無意識に人間の関係性に影響を与えるため、どのように取り入れるべきかが分かりにくい。 計画段階で考慮されることが少ないのが実情です」(小林さん)

LEDの光色の多彩さや調色機能と共に、調光機能を併せて用い、飲食の場を演出する方法もあり得る。2021年には、フルコース料理を提供する新開業のフレンチレストランを対象に、サービスの流れに沿って光環境を設定することを検討した。時間経過に従ってテーブル面照度、周辺床面照度、色温度を変えながら最適解を探った。

目下は一つずつの店舗の光環境は固定されているのが一般的で、食事中に光環境が変わる計画がなされることはほぼない。しかし、特に個室がある場合、しだいに照明の状態が切り替わってもよいはずだ。「コース料理というのはストーリーを持っていますから、滞在時間と密接に関係する料理の提供の仕方です。料理の種類に加えて、客の滞在時間帯に応じてストーリー性や緩急のある制御を提案できます。そこで、想定される客の人数や世代、性別に合わせて食事にまつわる会話や行動をサポートしたり、次の料理のタイミングを知らせて期待感を高めたりできるでしょう」と小林さんは語る。

東京都港区に2020年8月に開業したフレンチレストランの照明計画に携わったのを機に、同店の個室を3~4時間占有するフルコースの食事場面を対象とし、評価実験を行った。写真は実験風景と使用した料理の例(資料:「フレンチレストランのフルコースの 流れに即した光環境の提案/2021年」より抜粋)
フルコースの食事場面を対象とする評価実験の結果、色温度と光の配分によって個々の料理の魅力を引き出せることや、食事にまつわる行動を支援できることを確認した。これらの実験結果を基に、オーナーやシェフの狙いに合わせて照明計画を提案することが可能になる(資料:「フレンチレストランのフルコースの 流れに即した光環境の提案/2021年」より抜粋)

“豊かな食”のために重要なものを切り捨てている

飲食店の光環境に関しては、「暗さ」も積極的に評価する必要があると小林さんは考えている。

「特にイタリアやフランスのレストランを訪れると、日本の店と比べて照明の明るさが全く異なります。料理がよく見えるかどうかよりも、その日の終わりにどんな気分になるか、一緒にいる人とどんな関係を築くかなどが優先されているからだと思います。人生のなかで飲食の場がどんな意味を持つかを経験的に知っているからではないでしょうか」(小林さん)

欧州ではレストランの格が高くなるほど店内は暗くなる傾向がある。テーブルにろうそくが1本あるぐらいで、メニューの文字は読みづらく、肉の焼け具合などもよく分からない。テーブル面照度が10ルクスを下回るような店が普通である。「米国でも事情は変わりません。飲食店のテーブル面照度は5〜20フットカンデラ(53〜215ルクス)が妥当とされていますが、ある研究者がマンハッタンの複数の店でテーブル面照度を測ったところ、75%の店舗が下限を大幅に下回っていたという報告があります。

日本の場合は風営法が関わるため、飲食店内の照度を10ルクス以下とするのは現実的ではない。といっても通常100ルクス程度とされているので、「国際的な基準で考えると明るすぎます。確かに料理がクリアに見える明るさも大切ですが、店舗を計画する人の多くが、行動に寄り添った照明の可能性を考えていないようです。結果として“豊かな食”のために重要なものを多く切り捨てていると思います」(小林さん)

店内の照度を落としている飲食店の一例。 「海外の飲食空間を経験して光環境の多様性を認識する人が増えれば、“暗さ”を重視する方向にシフトするのではないか」と小林さんは見ている

こうして生活行動の多様性に目を向けると、空間機能と光環境の対応関係に課題がある場所も分かってくる。その一つが、大学キャンパスである。

学生は通常、登校時に学生食堂(学食)を利用する。しかし、学食のキャパシティーには限界があるので、ピーク時間となる昼休みは座席の確保が難しい。そのため、多くの学生が教室や休憩コーナーにコンビニ弁当などを持ち込んで食べている。

しかし、教室は通常、講義を前提に設計されており、机・椅子を含めて飲食に適した快適さを持つわけではない。例えば間接照明などを併設し、光環境だけでも一時的に調節可能にすれば、学生が緊張を解いて食事をする環境に改善できる。音や匂いなども関係するので、光に関する個別の実験と他の環境要因との複合実験を行い、教室の環境条件が飲食に与える効果を検証している。

「特定の使い方しか想定されていなかった場所が、その状況や時間によって異なる行為の空間になることがあります。くつろぐための自宅の居室が、ある時間帯はオフィスとして利用される──なども一例です。その場合、環境を整えるためには照明が可変的であるのが手っ取り早いはずです」(小林さん)

大学キャンバスの教室における複合環境の実験の様子、および同実験の条件。教室における飲食時には匂いや音に対する違和感が生じやすい。その低減のためには光・音・匂いを同時に変化させると効果を得やすいと分かった(「大学でのコンビニ昼食の利用実態に 基づいた教室内の環境改善の検討/2020年」より抜粋)

経営者の視点と利用客の視点を切り分けて計画する

最新の研究では、飲食店の照明デザインの評価に関して、利用客の視点と経営者の視点をきちんと切り分けることを試みている。メーカーの資料やメディアなどで紹介されている店舗情報を見ると、設計者やデザイナー、プランナー自身による説明を含め、どちらの視点で表現されているかが混じり合ってしまっているからだ。

というのは、ゆっくりと長居したい利用客と、売り上げのためにある程度は回転率を上げたい経営者とでは、デザインに対する満足度は必ずしも一致しない。その飲食店の業態にふさわしい在り方を考慮し、説明の仕方を整理しないと誰の視点で「いい悪い」を言っているのかが分かりにくい。結果として、誰のためにどうデザインされた空間なのかが曖昧になってしまう。

「照明メーカーの提案は、どちらかというと経営者に寄った視点です。集客に貢献する華やかさや、そのためのシャンデリアやブラケットなどの器具の効果を強調しますが、必ずしもそのことを自覚しているわけではありません。一方、利用客が本当に重視するのは着席してからの一定時間を快適に過ごせるかどうかです。見た目の華やかさや装飾的な照明器具よりも、もっと大局的な光の分布が関係してきます」(小林さん)

リピート客を優先したいか、または一度きりの観光客にアピールしたいかなどターゲットや業態によってバランスは異なる。「きちんと切り分け、綿密に計画した方が合理的であるはずです」と小林さんは強調する。

今後、きめの細かな照明演出は、制御の自動化などによって進展する可能性がある。個人の体調や感情に寄り添い、その兆しを読み取って光環境が自然と変わるようになれば、照明計画の多様性を改めて意識する機会になる。カメラ映像やセンサーを用いる生体モニタリング、その状態を判定するAI(人工知能)などがそれを可能にし得る。「調光・調色のコントロール機能はメーカーが提案しても、最初はユーザーも関心を示すかもしれませんが、徐々に使われなくなる傾向があります。そのため、自動化を期待した方が良いと考えています」(小林さん)

「感覚的には、光の効果は本来持っている可能性のごく一部しか語られていないように感じます。光は言語化が難しく、意識の及ばない領域に作用し、その影響は一定ではありません。より広い視点で光の効果を探求することで、新たな発見が生まれると信じています。そうした取り組みにより、照明デザインの幅がさらに拡大していくことでしょう」と小林さんは語る。

小林茂雄
小林茂雄(こばやし・しげお)

東京都市大学建築都市デザイン学部建築学科教授。1993年に東京工業大学大学院総合理工学研究修了後、同大学院助手、武蔵工業大学工学部准教授などを経て、2011年より現職。研究テーマは、建築と都市の光環境計画と評価、空間心理、環境とコミュニケーションなど。照明計画では、気仙沼内湾ウォーターフロント(共同:ぼんぼり光環境計画)などに関わる。

Writer
ヒカリイク編集部

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