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暗がりを生かして「和やかな夜の景色」を
――六本木ヒルズ、東京駅など手掛けたLPAの都市照明

2023.8.31
暗がりを生かして「和やかな夜の景色」を<br><span>――六本木ヒルズ、東京駅など手掛けたLPAの都市照明</span>

「都市照明」と言われる夜の景色の創造にいち早く着手し、国内外でマスタープラン策定やガイドライン作成などに携わってきたのが、ライティング プランナーズ アソシエーツ(以下、LPA)である。
そこに示されている理念は、夜間景観整備の基礎になるものだ。
初期からの取り組みを、代表の面出薫さん、シニアディレクターの窪田麻里さんに聞いた。


面出さんの率いるLPAは、1993〜94年の『東京都臨海副都心道路景観整備』に参画し、都市計画的な照明の先駆事例を実現している。東京都が発注し、アーバンデザインコンサルタント、アプル総合計画事務所(現アプルデザインワークショップ)、GK設計、LPA、CPCが共同でデザインコーディネートを担当した大規模エリアを対象とするプロジェクトである。東京湾岸に新しい街がつくられるなかで、照明デザイナーの立場から「光のマスタープラン」を提案している。

同プロジェクトでは、総延長26kmに及ぶ道路の景観整備に際し、都市計画図に重ねる格好で夜間景観の在り方を示した。沿道の街灯を利用してゆりかもめの軌道をライトアップすることなども試みている。以降、「都市のあかり」に積極的に取り組んできた面出さんは、次のように語る。

「都市照明というのは元々は、馬車の走っている時代に真っ暗な道を照らし、都市に安全性や防犯性を持たせる役目を持って生まれたものです。20世紀に入ると、1937年のパリ万博などを機会に『シティ・ビューティフィケーション』という言葉が台頭し、モニュメンタルな構造物を照らすライトアップなどに関心が集まり始めました。私たちは、さらに都市照明の役割を高め、むしろ街のなかでの快適な光の在り方を追求しています。まぶしい嫌な光をなくし、エネルギーの無駄使いを避けながら、夜間景観の質を上げようと努めてきました」

自治体の夜間景観整備に参画

2000年代のLPAは、シンガポール政府都市再開発庁による『シンガポール中心市街地照明マスタープラン』の策定(2006年)に協力し、注目を浴びた。コスモポリタン都市としての30年後までを視野に入れながら、主要各地区の夜間景観を構想したものだ。



シンガポール中心市街地の夜景図(資料:LPA)
シンガポール中心市街地のうちのひとつである、CBDエリアの夜景図(資料:LPA)
ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ
シンガポールでは、中心市街地照明マスタープランに協力して以降、様々な大規模公共プロジェクトの照明デザインに関わっている。写真は2012年完成の植物園『ガーデンズ バイ ザ ベイ ベイサウス』(写真:金子俊男)

それと前後し、2000年代から2010年代には国内でも自治体レベルで都市照明の検討が始まり、LPAは、『大阪・光のまちづくり企画推進委員会』(2002年~)の取り組みに参画したほか、近年では長崎市の『環長崎港夜間景観向上基本計画』(2017年)や、京都市の『京都のあかり〜京都らしい夜間景観づくりのための指針』の策定(2022年)などに関わっている。



京都
京都市『京都のあかり〜京都らしい夜間景観づくりのための指針』より(資料:京都市)

自治体によって踏み込み方は異なるが、積極性を感じるのは、例えば長崎市であるという。同市に対する協力は、2016年にLPAが主催した『Nightscape 2050-未来の 街・光・人』展がきっかけになった。「2050年の夜間景観」を議論するためのプラットフォームづくりをもくろんだ同展の東京・月島の会場に、当時・長崎市長の田上富久氏が訪れて交流が生まれた。

同年には、面出氏の監修の下で『環長崎港夜間景観向上基本計画』を策定し、17年度には『長崎市まちなか夜間景観整備』を開始。2020年までの間に、平和公園、出島、東山手・南山手など市内の広範に及ぶエリアで夜間景観整備を実施している。



長崎
長崎市『環長崎港夜間景観向上基本計画』より(資料:長崎市)

「長崎の夜景の素晴らしさは既に世界的に知られているものでしたが、それに甘んじずに、一歩も二歩も先を行ってグレードアップさせようという姿勢がありました」(面出さん)。「計画や指針を示すところで終わらせずに、国の支援(国土交通省『景観まちづくり刷新支援事業』)を取り付けながら、トップダウンで実装していく。そうした推進力は全国のなかでも注目にあたいするものだと感じています」(窪田さん)



闇が出来るぐらいがいい

東京都でも、夜間景観の形成は、行政課題の一つになっている。2018年改定の『東京都景観計画』には、大規模建築物などを事前協議する際の景観形成基準に、夜間照明に関する事項が追加された。これに伴い、19年には『良好な夜間景観形成のための建築計画の手引』を作成。LPAは、担当部局である都市整備局都市政策部からの要請で内容面に関するアドバイスを行っている。

この『建築計画の手引』には、光の質を向上させるための7つの原則が掲げられている。(1)まぶしく不快な光(グレア)の抑制、(2)適切な色温度、(3)演色性の確保、(4)快適な陰影、(5)鉛直面の明るさ、(6)光のオペレーション、(7)環境に配慮した照明──というものだ。表現は若干異なるが、LPAが計画づくりや指針づくりに携わった他の都市でも同様の視点が強調されており、これらは快適な夜の景色を生み出すための“鉄則”に近いものだと分かる。

これらのうち「グレアレス」のような考え方は、1980年代にニューヨークなどの現地に赴いて学んだ面出さんが、以後のキャリアのなかで改めて練り上げてきたデザイン概念である。米国の照明デザイナー、クロード・エンゲル氏の仕事に影響を受けたものだという。

「まぶしくない夜間景観をつくるというのは、それだけでも大変なチャレンジなんです。デザイナーというのは、つい頑張ってしまいがちですが、街なかにアイコニックな光のオブジェクトをつくればいいというものではない。街並みが一つの構造物でつくられているわけでないのは、光も同様。散策する人は連続した街のたたずまいを楽しんでいるわけですから、歩行者にとって気持ちのいい景色のつながりはどうあるべきかを考えないといけません」(面出さん)

明るい昼間の光を再現するのが、夜間景観整備なのではない。いくらか闇が出来るぐらいの方が、日本人の感性に合う良さがある。駅舎の保存・復原工事完了後にリニューアル再開した『JR東京駅丸の内駅舎保存復原ライトアップ』(2012年)は、その“さじ加減”を実例として示したものである。「和(なご)やかな景色」をコンセプトに掲げ、歴史建築の価値を丁寧に引き立てる照明を追求している。

東京駅
駅舎の保存・復原工事完了後に再開リニューアルした『JR東京駅丸の内駅舎保存復原ライトアップ』(写真:金子俊男)
 

「均一に明るくしなくてもいいんだという、逆の方向性を示しました。都市のなかで公共空間の夜景をつくろうとするときに、大げさなライトアップ行政になってしまう場合がある。中国では『メディアファサード』と称する建物の外壁全体を照明装置にするような方法が流行りましたが、そうした在り方を日本の人たちは民意として許さないと思っています」(面出さん)



ストーリーメーキングが課題

東京都のような自治体規模になるとステークホルダーが多く、都の一部局だけで景観をコントロールできるわけでない難しさがある。前述の『建築計画の手引』も強制力を持つものではない。ただし、大手の開発事業者やその協力者、設計者などの間には、良質な夜間景観が生まれれば、そこに学んで取り込んでいこうとするモチベーションが存在する。民間の取り組みとして、その手がかりとなるエポックメーキングな事例が、2003年完成の巨大再開発『六本木ヒルズ』である。

区域面積11.6haに及び、多様な都市機能が集積する六本木ヒルズでは、国際性のある「24時間都市」をつくり上げるというテーマが掲げられていた。エリアごと、施設ごとに著名な建築デザイナーや照明デザイナーが起用されるなかで、面出氏は照明ディレクターという立場を依頼された。数年間を費やし、それらの空間のあかりや照明器具が統一を欠いたばらばらなものとならないようにコーディネートし、ルールをつくる役割を担った。設計者や施工者、メーカーなどの動きに目を配る必要のある、複雑な業務になったという。



六本木ヒルズ
『六本木ヒルズ』の夜景図。照明ディレクターとして全体のコーディネートを手掛けたほかに、森タワーなどの照明デザインを担当している(資料:LPA)

「民間の大規模開発というのは、新しいまちをつくるレベルの公共性のある仕事になります。以後の参考になり得るものを率先してプレゼンテーションすれば、行政の指針とは別に、その良き前例にならおうとする取り組みが現れるはずです。日本人というのは新しいものを生み出すのは必ずしも得意ではないけれど、学習能力が高く、アレンジャーとしての資質が非常に優れている。いいものが現れれば、それが引き継がれていくという在り方には期待ができると思います」(面出さん)

「東京にはフォトジェニックな夜の景色がたくさんありますし、いいショールームだと思います。けれど色々な顔を持つ各地区が、東京全体の夜景のストーリーのなかにうまく位置付けられているかというと、そうはなっていない。ストーリーメーキングが欠けているのが課題です。『建築計画の手引』の作成で一歩前進しましたが、では何をやったらいいのか、逆に何をやったらいけないのか。景観づくりの意思が、もっと伝わってくるのが望ましいと考えています」(面出さん)

街のたたずまいに丁寧に目を向ければ、ギラつかない和やかなあかりの大切さが分かる。そうやってつくられていった景色が、「それぞれの個性を発揮できるようにするのが最終的な目標ではないか」と言う。

面出薫
面出薫(めんで・ かおる)

照明デザイナー/LPA代表
東京国際フォーラム、JR京都駅、せんだいメディアテーク、六本木ヒルズ、シンガポール中心市街地照明マスタープラン、ガーデンズ バイザ ベイ、JR東京駅丸の内駅舎ライトアップなどの照明計画を担当。
国際照明デザイン大賞、毎日デザイン賞などを受賞。照明文化研究会「照明探偵団」団長、武蔵野美術大学客員教授なども努める。
著書に『世界照明探偵団』鹿島出版会、『陰影のデザイン』六耀社、『LPA 1990-2015 建築照明デザインの潮流』六耀社など多数。

窪田麻里
窪田麻里(くぼた・ まり)

照明デザイナー/LPA東京事務所シニアディレクター
LPAを代表する数多くのプロジェクトをチーフデザイナーとして担当。
建築のバックグランドを持つ立場からの視点と、長年の経験に基づく深い知見を反映させたデザインは高く評価され、多くの国内外の照明デザイン賞を受賞し続けている。
大規模開発、公共空間から商業施設、住宅までと幅広い建築照明のプロジェクトを担当しており、また最近は、地元の意見を広く求め、照明デザインのコンセプトに落とし込んでいく都市景観照明にも力を注いでいる。

Writer
ヒカリイク編集部

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