省エネ規制と照明デザインの関わり⽅について、諸外国の取り組みを紹介する本企画。今回はEU とイギリスの例を紹介する。
vol.2「EU の省エネ規制と照明デザイン」
背景
18世紀の産業革命以降、大気・水質汚染をはじめとする環境問題が世界各地で起こるようになり、ヨーロッパでは1960年代から環境問題への取り組みが本格化された。1972年に環境問題に対する初の国際会議「国連人間環境会議」がスウェーデンで開かれたことを皮切りに、1995年にドイツで第一回気候変動枠組条約締約国会議(COP1)開催、また2015年にはパリ協定が採択されるなど、EUは世界の中でも環境問題に対し率先して対策を行ってきた。
現在EUでは2030年度までに温室効果ガス排出量を1990年度比で55%削減し(Fit for 55)、2050年までに温室効果ガスの排出を全体として実質ゼロにする「カーボンニュートラル」の実現を目指している。ただしEU加盟国の置かれる状況は一様でなく、省エネへの取り組みの度合いは国ごとにばらつきがあるのが実情だ。
建物のエネルギー性能に関する指令(EPBD:Energy Performance of Buildings Directive)
EUでは域内の建築部門におけるエネルギー消費が全体の40%を占めるという。そのため建築分野における環境・省エネ対策に対する関心は高く、積極的な取り組みが続けられている。EUにおける省エネ規制として2002年に最初に導入されたのが「建物のエネルギー性能に関する指令(EPBD)」だ。京都議定書で定められた温室効果ガス削減目標の達成と、EU内の建築エネルギー性能を向上させることを目的として、照明・空調・給湯・外皮性能などの性能基準や適合義務を設けることを各国に求めたもので、2010年改正ではZEB(Nearly Zero-Energy Buildings)の概念が導入され、2024年改正ではFit fot 55 の実現に向け、さらに厳しいエネルギー効率基準が制定された。
エネルギー性能証明書制度(EPC:Energy Performance Certificate)
EPBD の中で特筆すべき項目のひとつにエネルギー性能証明書制度(EPC)がある。EPCとは「エネルギー性能証明書」の発行・表示義務のことで、新築建物だけでなく、売買・賃貸される既存建物も含め、建物のエネルギー性能をAからGまでの7 ランク(Aが最高、Gが最低)で評価する。例えばイギリスでは、住宅は2020年4月から、非住宅は2023年4月からEランク以下の物件は新規契約ができなくなっている。建設業者や所有者にとっては、エネルギー性能の高い建物を建設あるいは改修し、性能を向上させることが課題となる。
以前は加盟国ごとにランク基準が異なるといった課題があったが、2024年のEPBD改正により評価基準が今後統一されることが決まった。エネルギー性能の最も悪い非住宅建物は2030年までに少なくともFランクに、2033年までにEランクにすることが義務付けられている。
イギリス(上)とフランス(下)の不動産屋での性能評価表示の一例(2024年3⽉筆者撮影)。表⽰内容の詳細は地域や店舗によって差があった。
またEUでは照明を含む家電製品の省エネ性能を評価するラベリング制度が導入されている。例えば既存建物の照明を高効率のLED照明に交換すれば、EPCランクを上げるための加点を得られる。こうした省エネ指標が日常生活に浸透し、専門家だけでなく生活者一人ひとりが環境問題や省エネについて考えるためのきっかけになっていることが伺える。
某⼤⼿照明メーカーの照明器具。緑⾊のパッケージは⾼効率タイプのランプで、紫⾊の標準商品と⽐べて価格はおおむね2〜3倍程度の差があった。パッケージの⾊によって環境に配慮した商品が店頭でも⼀⽬でわかるようになっている。(2024年3⽉、筆者撮影)
イギリスでの具体例
①Part L
欧州理事会で承認されたEPBDは各加盟国それぞれの省エネ規制として制度化される。イギリスでは建築物に関する省エネ規制は「建物規制(Building Regulation)」の中のパートL(Part L:Conservation of fuel and power)として定められている。パートLは新築および既存建物のエネルギー効率の向上を目的としており、照明・空調・給湯・外皮性能などが規制対象で、照明においては「器具効率方式」または「LENI方式」のいずれかを選択し条件を満たす必要がある。
「器具効率方式」は該当エリア全ての照明器具の器具光束合計を、電力合計(制御装置等で消費される電力も含む)で割った数値のことで、2025年現在では95ルーメン/ワットをクリアする必要があり、必然的に器具効率の高い器具を選定しなければならない。一方「LENI方式」は実際の運用時に想定される年間電力使用量をベースに算出される数値「LENI」で評価を行うもので、詳細については後述する。
また、Part Lに定められた各規制項目の情報や要件を満たすためのガイダンスを記した「住宅/非住宅建築サービスコンプライアンスガイド」が各自治体から発行されている。基本的には Part Lと同じ内容になるが、プロジェクトごとに満たすべき最低要件の設定方法、用語の説明、各指標の算出方法、参照表などが示されている。
②LENI(照明エネルギー数値指標)
LENI(Lighting Energy Numeric Indicator/照明エネルギー数値指標)とは、照明器具の消費電力だけでなく、実際の点灯想定時間・空間用途とそれによって設定される照度基準・空間のサイズ・日中の昼光センサー利用による調光・人感センサーによる点滅時間・スタンバイモードの際に消費する電力・保守率など、数多くの要素を考慮して計算される指標のことだ。LENI方式では年間点灯時間と照度によって設定された上限値を超えないように設計を行う必要があり、1平方メートルあたりの年間エネルギー(kWh/m2/年)で表される。LENI方式に関する詳細は EU 内の統一規格であるEN規格(EN-15193)に定められている。
LENIは実際に運用が始まったあとの具体的なエネルギー消費量を事前に把握することができるほか、昼光センサーや人感センサーを導入することで算出値に緩和係数をかけることができるなどのメリットもある。器具効率だけに縛られない器具選定が可能となり、照明デザイナーにとってはLENI方式を採択するほうがより柔軟な照明計画が可能と言えるだろう。
DIALux evo
LENIの算出には様々な要因を係数としてかけ合わせるため複雑な計算が必要だが、DIAL社(ドイツ)の照明検証ソフト「DIALux evo」では照明計画と並行してLENIを確認できる機能を提供している。該当エリアの空間用途や点灯時間など設定条件を入力し、使用する器具の配光データを使用して配灯検証を行うと、それと同時に想定されるLENIをはじめCO2の削減率なども並行して表示されるしくみだ。
DIALuxは世界193か国75万人以上のユーザーを擁する国際的な照明ソフトウェアで、同社ではソフトウェアの初期バージョン段階からエネルギー評価項目を盛り込み、以降アップデートを重ねている。
DIALux evo上でのLENI算出のための設定画面の例。空間用途や点灯時間などの条件が細かく設定できるよう、様々な項目がプリセットされている。
3次元照明シミュレーションソフト『DIALux evo』
照明デザイナーの関わり⽅
EU加盟国のプロジェクトに携わる照明デザイナーは、EPBDをもとに制定された省エネ規制(イギリスであればパートL)に則し、設計初期段階から上限値に基づいた電力量の確認・調整を行いながらデザインを進めていく必要がある。日本との大きな違いはLENIの導入で、照明デザイナーにとってはより柔軟なデザイン提案が可能なLENI方式での評価が主な選択となることが考えられる。
当然ながら照明計画は空間に適した照度を提供する必要があり、EN規格(EN 12464-1:2021)やSLL(Society of Light and Lighting)による照明ハンドブックに準拠した推奨照度をもとに照明設計を行わなければならない。
まとめ
今回EUの規制に関するリサーチを行ってみて印象的だったのは、照明器具の総消費電力だけではなく、点灯時間や調光制御、日照・人感センサー導入など運用時の電力量に着目した省エネ規制が実践されていることだ。器具の消費電力のみの評価ではどうしても高効率の器具にかなわず、照明デザインの可能性を狭めてしまう懸念が大きいが、実際の運用時の電力量を把握し評価対象にできることは、照明デザイナーだけでなく事業者・利用者にもメリットがある。最終的な目標であるCO2排出量削減や環境保全とのつながりもイメージしやすくなるだろう。
省エネ規制が単に「設定された数値内に設計できてさえいればいい」という義務的なものではなく、規制の意義が明確になっていることが、EU全体の環境意識の高さを後押ししているのではないかと感じた。
次回は実際にヨーロッパでの実務経験を持つ照明デザイナーへのインタビューをお届けする。
リサーチ協⼒:安⽥真⼸(SPEIRS MAJOR LIGHT ARCHITECTURE), DIAL GmbH
[参考文献]
『ZEB のデザインメソッド』公益社団法⼈ 空気調和・衛⽣⼯学会 編 / 技報堂出版 (2019/9/19)
諸外国における省エネルギー政策動向等 に関する調査 / 経済産業省・株式会社現代⽂化研究所(令和3年3⽉)
『欧州グリーン・ディール』の最新動向(第4回)「Fit for 55」第2 弾および2021 年発表の関連施策/⽇本貿易振興機構JETRO(2022年3⽉)
EU、建物の脱炭素化を⽬指す指令施⾏、グリーン・ディール産業関連法の実施段階に注視/⽇本貿易振興機構JETRO(2024年6⽉6⽇)
Energy Performance of Buildings Directive/ European Union
Domestic private rented property: minimum energy efficiency standard – landlord guidance / UK Government official website(2023年4⽉更新版)
Non-domestic private rented property: minimum energy efficiency standard – landlord guidance / UK Government official website(2023年4⽉更新版)
PART L Conservation of fuel and power: Approved Document L / / UK Government official website(2023)
Non-Domestic Building Services Compliance Guide (2022 version) / Scottish Government official website
BS EN 15193-1:2017+A1:2021_Energy performance of buildings. Energy requirements for lighting – Specifications, Module M9 / BSI knowledge website
Energy Consumption / Knowledge Base DIALux evo
Writer
廣木 花織(ひろき・かおり)
照明デザイナー
多摩美術大学環境デザイン学科を卒業後、有限会社内原智史デザイン事務所に照明デザイナーとして入社。同事務所を退職後、北欧の光文化への興味からデンマークへ留学。2018年よりLyshus(リュスフース)代表。2021年よりLOOP Lightingシニアアソシエイトとしてプロジェクト参画。都市計画から建築・インテリア・ランドスケープ・イルミネーション・ディスプレイまで、他種多様な空間用途での照明設計に幅広く携わる。
また多摩美術大学建築・環境デザイン学科非常勤講師として後進の指導にも力を注いでいる。