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省エネ規制と照明デザイン
――vol.3 照明デザイナーArup井元純子氏に聞く

2025.6.30
省エネ規制と照明デザイン<br><span>――vol.3 照明デザイナーArup井元純子氏に聞く</span>

Arupの新しいロンドンオフィスが入居する「80 Charlotte Street」。全LED照明に無線Bluetooth制御を導入し、人感センサーや昼光センサーと連動。快適性と省エネを両立している。(© Arup/Hufton+Crow)

省エネ規制と照明デザインの関わり方について、諸外国での取り組みを伝える本連載。
前回記事ではヨーロッパの省エネ規制と照明デザインについて紹介したが、実際に現場に立つ照明デザイナー達は、「省エネ規制」という枠の中でどのように環境配慮しつつ創造性の高いデザインに取り組んでいるのだろうか。また、彼らはそうした実状に対しどのようなことを感じているのか。
今回はヨーロッパで照明デザインの実務経験を積んだ照明デザイナーにインタビューを行った。


お話をうかがったのは、世界的なエンジニアリング集団Arupに勤務する井元純子さん。ロンドン本社、上海事務所勤務を経てヨーロッパやアジアなどでの数々の照明計画に携わり、今は東京事務所でライティング部門のリーダーを務める彼女が語る「省エネルギーとデザイン」とは。

「今は主に東京にいますが、東アジアには上海と香港にもライティング・チームがあり、そちらのメンバーとも連携しながら、できる限り包括的にプロジェクトを見るようにしています」と井元さんは現在の立ち位置について語る。

井元さんはロンドンの大学院で光環境を専門に学んだ。在学時より、ヨーロッパにおける省エネルギーと光の考え方は違うと感じたそう。
「建築専門の大学院の中にもサステナビリティ関連のコースが多数ありますし、省エネルギー問題に対する意識は高いです。また、ヨーロッパでは『全部を明るく照らす』という文化はもともとないですし、歴史的・環境的な背景がベースとなってサステナビリティや省エネルギーへの取り組みを支えていると思います」

「ヨーロッパでは、日本のように簡単には建替えはできないという法律的な制限もあります。なるべく新築より改修を優先するという考えで、建替えは最後の手段。カーボンニュートラルやサーキュラーデザインを追求する観点から、ヨーロッパは改修プロジェクトも多いです」

井元さんが勤務するArupは、世界34カ国、95カ所の事務所に、18,000人以上のスタッフを擁する、総合的なエンジニアリング・コンサルタント企業。1946年の設立以来、独自の組織形態と企業風土を保ちながら、構造、環境設備、ファサード、ライティング、プロジェクトマネジメントなど、幅広い分野を網羅する国際的な技術集団として発展。設計者、エンジニア、コンサルタントからなる専門スタッフが、創造的なアイデアを提供しながら、世界各地のプロジェクトに携わっている。

中国・杭州に2021年に開館した、レンゾ・ピアノ設計の複合施設「天目里」の一角にある美術館「BY ART MATTERS」。1Fの主要展示エリアは部分的にトップライトを設け、直射光を遮りながら自然光を採り入れている。(© Arup/Wu Qing Shan)

Arupの創設者、サー・オーヴ・アラップはエンジニアであり哲学者であった。彼はさまざまな専門性を統合し協調させることの必要性やエンジニアの社会的役割の重要を提唱しつづけたという。そんな彼の意思は「We shape a better world」という理念として生き続けている。

ライティングデザインの部門では、形態と光の相互作用を理解し、建築家やアーティストと協働して独創的なコンセプトを提供。総合的なデザイナーやエンジニアが集まっており、一般的な建築照明デザインを超えた提案が可能だ。

井元さんが語る。「Arupでは近年のモットーとして “Sustainability is Everything”が謳われています。ライティングだとチーム内には昼光照明や建築照明それぞれに強いスタッフなどがおり、光環境デザインとして総合的に提案しています。最近だと例えば、美術館の展示空間において自然光をどのように採り入れ、建築照明とともに空間を魅せるか、トップライトの開口デザインや遮光の仕方など含め、サステナブルな照明手法を建築家と共に検討しています。また、社内にはファサード、環境や電気設備を専門とするメンバーもいるので、アドバイスを聞ける仲間がいるのは心強いですね」

Arupの中には、各専門分野をグローバルに結びつけるスキル・ネットワークがあり、世界中の同僚と知見を共有する仕組みが構築されているそうだ。こういった仕組み〜知恵の集積〜がサステナビリティを考慮したデザイン提案にもつながっている。

日本とヨーロッパの省エネ規制の違い

「80 Charlotte Street」のArupオフィスでは、昼光に応じてリアルタイムに色温度を変化させる調光調色制御を導入。ファサード周辺は昼光センサーとも連動している。(© Arup/Hufton+Crow)

「省エネ規制に関して、日本では補助金制度を活用してやや受動的に進める傾向がありますが、ヨーロッパでは厳しい規制が設けられ、脱炭素化に向けて社会全体が積極的に動いている印象です。2050年の脱炭素化社会の実現に向けて、今から確実に対応しなければならないと思います。」

ヨーロッパと日本の照度の違いについては「ヨーロッパと比べて日本は明るい傾向で、オフィスの照度基準も異なります。オフィスの場合、日本は750lx(500~1000lx)が標準とされますが、ヨーロッパでは300lxが一般的。日本のオフィスだと設定照度を1000lxではなく、500lxに抑えつつ、照明器具の効率も上げていかないとより省エネに働きません。それに加えて、照明制御(昼光センサーや調光など)を連動することで、消費エネルギーを抑えつつ、快適な光環境を提供することができます」

ヨーロッパには使用電力量の上限や、規制をクリアするための申請項目が多数存在する。省エネ規制をクリアするために、提案したいデザインを制限しなければならないこともあるだろう。一見ネガティブなシチュエーションにも思われるが、逆に制限があるからこそデザインにとってポジティブな結果を生むことがあるだろうか?
「過剰なデザインをシンプルにすることができますね」と井元さん。「規制を設ければ、デザインの選択肢が制限される面もありますが、その中でクリエイティブな解決策が生まれるのではないでしょうか。照明デザインに関わっている人たちは、既に実践されているかもしれませんが、水平面照度だけだと必要以上に照明が照らされる場合もある中で、例えばこの空間なら壁を照明すれば見た目には明るくなる。それにプラス必要なタスク部分を照らすことで、光環境として心地よく、使いやすさも担保しつつ、全体の消費エネルギーを落としていくことに貢献できると思います」

照明器具とサーキュラーエコノミーの視点

ヨーロッパの照明器具は日本と違うのだろうか?
「過去の社内データによると、性能が近しい光源一体型の器具とランプが交換できる器具と比較した場合、EPD(Environmental Product Declaration, (環境製品宣言))というデータを元に算出した時に、交換型の方がCO2排出量が少ないという結果が出ていました。そういう意味では、器具を選ぶときにlm/Wの効率だけでなく、パーツは交換できるか、リサイクルや生物分解できる素材を使っているか、といった環境配慮の高い器具をできるだけ優先して使用する動きが進んでいます。」
やはりヨーロッパでは、あらゆる点で環境に対する意識が高いようだ。「照明器具をサブスクリプション形式で、メンテナンスまで含めたサービスを展開する企業もありますね。また、サーキュラーの例でいうと、古い物件の既存器具をリサイクルして、パーツを使いながら再利用する試みもあります。ヨーロッパのプロジェクトは長い時間がかかる傾向がありますが、サステナブルデザインの実行力はすごいなと思います」

現在、大規模な改修工事が進められている「Manchester Town Hall」。1877年の開館当時に使用されていた多様なガス灯のデザインをもとに、現地調査の結果を踏まえ、LED技術を用いた既存器具の復旧が進められている。(© Arup)

未来の照明デザインに求められること

「BY ART MATTERS」の1階主要展示エリア。トップライトのない中央部では、昼光に色温度を合わせた円形LED照明と電球色の天井間接照明によって、日中のアンビエント照明を補完している。(© Arup/Wen Studio)

最後に、省エネ規制とこれからの照明デザインについて伺った。
「照明効率を重視すると、間接照明とかも使いづらくなってくる世界ではありますが、良いデザインを長く使うということもサステナビリティの一環だと思うんですね。最終的には、長く使われ、愛される空間を作っていくことがサステナビリティの鍵となるのではないでしょうか。目に見えるデザインと、見えない省エネ効率のバランスを見極めながら、照明を空間デザインに組み込んでいくことが重要なのかなと思います。省エネ規制とデザインの両立は簡単ではありませんが、環境に配慮しつつ、人々に愛される建築と光環境づくりを目指していきたいです」

井元純子
井元 純子(いのもと・じゅんこ)
Arup東京事務所アソシエイト。
横浜国立大学工学部建築学科卒業後、ライティング プランナーズ アソシエーツ(LPA)に勤務。退所後、ロンドン大学大学院(バートレット校)を修了。2007年Arupロンドン本社に入社。2011~2015年Arup上海事務所勤務を経て、現在は東京事務所でライティング部門のリーダーを務める。
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