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「感覚過敏」に優しい空間とは──筑波大学、乃村工藝社が進める光環境のバリアフリー

2024.3.7
「感覚過敏」に優しい空間とは──筑波大学、乃村工藝社が進める光環境のバリアフリー

強い光や音などに感覚が過剰に反応し、多大なストレスに見舞われる。そうした症状を持つ人たちやその家族に配慮し、空間環境などの面から過ごしやすさを支援しようとする動きがある。共同プロジェクトを進める筑波大学人間系准教授で障害科学を専門とする佐々木銀河さん、乃村工藝社クリエイティブ本部の松本麻里さんに聞いた。

「感覚過敏」と総称される症状は、決して珍しいものではない。健常者であっても体調によっては起こり得る症状で、身近な問題として受け止めたい。また、自閉スペクトラム症(ASD)や発達性協調運動症(DCD)といった発達障害を抱える人は、そうしたストレスに悩まされている場合がある。近年、こうした過敏症に対するストレス緩和策を講じる事例が目立ち始めている。

いち早く実証研究の場となった筑波大学のキャンパスには、障害を含む多様な感覚特性の人に対応するための学習・休憩室「アクセシブルスタディルーム」が2021年に設置された。同大で発達障害の研究や障害学生支援などに携わる佐々木さんが、芸術系の研究室や感覚過敏のある学生と共同でプロジェクトを進めた。

筑波大学人間系の校舎に2021年に設置された学習・休憩室「アクセシブルスタディルーム」。写真は1人用の部屋で、別の共同自習室と合わせて2室で構成される。予約制で運用している(写真:筑波大学ヒューマンエンパワーメント推進局)

「大学では、障害のある学生の支援に教員として関わってきました。支援登録している学生のうち例えば発達障害の人の数は、身体的な障害のある人を上回っています。私自身は、2018年に米国で『センサリールーム』と呼ばれる空間の仮設デモンストレーションを体験し、対策となる環境づくりの取り組みを知りました」

大学教室などの照明は一般的に、蛍光灯や直管型のLED照明が整然と並ぶ画一的なものとされている。しかし、光過敏の傾向がある人は、光源自体やそれに照らされる白い壁などに強く反応し、気分が悪くなってしまう。「まぶしい」「チカチカする」「疲れる」など不快感の表現は当事者によって様々である。

「学びたいという意欲はあるのに、その場所に居るのがつらい。マジョリティに合わせた環境の下では最良のパフォーマンスを発揮できない人が一定数いるわけです。仕方なくサングラスなどを使い、視覚に制約をかける生活を強いられます。しかし、聴覚や嗅覚を含め、対象を遮断する努力や工夫を個人に求める前に、社会の側から働き掛けて環境を変える対策も必要ではないか。そんな考え方で研究を進めています」(佐々木さん)

筑波大学では、感覚過敏のある当事者の学生が研究に協力してきた。「感覚の特異性は、それがない人には体験的には理解しづらい。当事者に関わってもらわないと気づけないというのが正直なところです。ヒアリングの結果、学習環境における『暗さ』に対するニーズが共通するので、調光可能な部屋の新設を決めました。壁の色もその空間に居づらくなる要因になり得るのですが、感じ方には個人差がある。そこで壁は白いまま、照明で調色可能な部屋としています」

利用者が好みの環境にカスタマイズできるよう、LEDの間接照明などを用い、既存の部屋をセンサリールームに改装した。より領域感を高める簡易テントを置いたほか、ハンドスピナー(指先で回転させる遊具)、バブルチューブ(アクリル製のフロアランプ)など気持ちを落ち着かせるためのアイテム群も常備する。「嫌な感覚を下げると同時に、好きな感覚は自分から求めて探究できるようにする。その両面でリラクゼーションを図るのが対策になると私自身は解釈しています」(佐々木さん)

光や音の刺激に配慮したスポーツ観戦環境を実験

こうした筑波大学の取り組みに乃村工藝社が関心を持ち、「ノムラ センサリーフレンドリープロジェクト」として実証研究の場が広がった。同社は、「ソーシャルグッド」すなわち社会に良いインパクトを与える活動や商品・サービスの展開という観点から、感覚過敏対策に乗り出している。目下、主にスポーツ観戦環境における感覚過敏対策が、共同研究の対象になっている。

乃村工藝社の松本さんは、こう説明する。「クライアント業務だけに従事していると、企業として社会課題を解決していけない。そんな課題意識から未来創造研究所にR&D(Research and Development)の部署が組織されています。4つあるユニットのうち『インクルージョン&アート』ユニットの専門チームが感覚過敏対策に関わっています」

「我々は、にぎわいの空間に喜びと感動をつくる仕事に携わっているわけですが、何らかの特性のためにそうした場に居ることを諦めざるを得ない人が存在する。体や心の障害がある人たち以外に赤ちゃん連れや子育て世代などを含めれば、外出困難に陥っている人が多すぎる。居心地の良い空間づくりという点から役に立てることがあるのではないか。模索を始めて知った一つがセンサリールームの存在でした」(松本さん)

22年夏には、福岡PayPayドームで3日間の「センサリールーム」トライアルイベントを実施した。施設運営者からVIPルーム改修を相談された乃村工藝社が、仮設的な設置を提案したものだ。

「福岡PayPayドーム」におけるトライアル例。旧VIPルームに仮設的に設け、実証研究の場とした。22年8・9月に実施(写真:乃村工藝社)

「普通ならVIPルームのリニューアルを提案するのかもしれません。けれど、トライアルでセンサリールームを設け、利用者の感想を聞きましょうと提案しました」と松本さんは振り返る。「全くの手探り」になる未経験の分野のため、佐々木さんなど専門家に協力を求めた。同趣旨の動きは、オランダ発祥で重度知的障害者とそのパートナーを支援する「スヌーズレン」活動として世界各国に広がっており、日本には1999年に協会が設立されている。早くからスヌーズレンに携わってきた団体「スヌーズレンラボ」なども本プロジェクトには合流している。

LEDを仕込んだインテリアアイテムを開発

スポーツ観戦客は、プレーの状況に応じた歓声や応援、ブラスバンド演奏、花火など突発的な音が響き、騒がしい落ち着かない環境に放り込まれる。ナイター試合では、強いスタジアム照明が目に飛び込んでくる。それでも生で観戦を楽しみたい子どもやその家族が競技場に出掛けるのを諦めず、リラックスして過ごせる空間を用意する。

近年は特にサッカーチームが導入に積極的で、乃村工藝社は、野球場である福岡PayPayドームのトライアルを知ったJリーグやWEリーグからも相談を持ち掛けられている。都内の大規模競技場、松本山雅FCのホーム「サンプロアルウィン」、WEリーグカップ決勝会場となった「等々力陸上競技場」などで同様の活動を重ねてきた。サンプロアルウィンの利用時には、信州大学医学部周産期のこころの医学講座が参画した。

Jリーグ・松本山雅FCのホーム「サンプロアルウィン」におけるセンサリールームのトライアル例。23年7・8月に実施(写真:乃村工藝社)

実証に用いる部屋は、VIPルーム、パーティルーム、放送室など様々で、広さも異なる。観戦環境とつながりのある既存の部屋を「センサリールーム」に仕立てる。窓際に置ける「覗き穴」のあるパネル、テント、ビーズクッションなどを持ち込み、リラックスできる環境をつくる。退避空間の性格が強い「クワイエットルーム」「カーム(ダウン)ルーム」といった静音室とは趣きが異なる。

サンプロアルウィンにおけるトライアルを告知した際の設置イメージ(資料:松本山雅FC)

その都度ポータブルな家具類を持ち込む格好になる。光環境に関してはLEDを仕込んだアクリル製のオリジナルのセンサリー体験アイテムを開発中で、その試作品のテストも既に実施した。海外では、サングラスやイヤーマフの入った「センサリーバッグ」と呼ぶお土産を渡したり、不調を周囲に伝えるための「意思表示カード」を用意したり、サービスがきめ細かくなっている。今後そうした新しいアイデアにも、積極的に学んでいく。

2023-24 WEリーグカップ決勝会場「等々力陸上競技場」におけるトライアル例。ゾーニングを行い、窓側に並ぶ観戦スペースのほかにボールプールのあるドームやカームダウンテントなどを用意している。23年10月に実施(写真:WE LEAGUE)

スポーツ観戦の場合は家族向けに参加を募集し、保護者を通してアンケートを実施する。一連の結果を共通の軸で評価できるよう、佐々木さんがアドバイスしてきた。「どんな根拠の下でソーシャルグッド活動と位置づけられるのかを示す役割になります。生の歓声が起こっている競技場でも自宅に近い心地よさが得られるか。そうした観点で評価・検証する研究となりそうです。当時者の反応はポジティブで、育児ストレスの軽減につながる方もいることが分かります」

光環境のダイバーシティ対応が広がる可能性

欧米で先行する感覚過敏対策は、社会運動として起こってきた側面がある、例えば、「ニューロダイバーシティ」と称する概念が、その旗印となってきた。これは日本では現在、経済産業省がイノベーション創出のためのキーワードとして取り上げている。「感覚面の特異性を含め、発達障害はスペクトラム状の連続体なので、医学的な基準で線引きするのは難しい。だからこそ個別のニーズに対応し、社会からの働きかけで環境を変えていこうとする考え方がある。日本では立ち遅れの見られる、マイノリティの権利保障のための動きであるのは重要なポイントです。当事者の人たちに我慢させるのでなく、一緒につくっていこうという姿勢が大切です」(佐々木さん)

ニューロダイバーシティの概念。発達障害を「疾患」とみなす医学モデルから転換し、「全ての人間の多様な脳特性における差異」とみなす「社会モデル」を提唱している。定型化に陥らせず、1人ずつのニーズに応じた支援を基本とする(資料:DEVELOPMENTAL ADULT NEURO-DIVERSITYおよび筑波大学佐々木銀河研究室の資料を基にヒカリイク編集部が作成)

感覚過敏対策は、公共空間全般にニーズがある。今回の共同研究では、自宅と競技場の行き来に付随する公共輸送機関の中やショッピング空間で感じるストレスなども尋ねて参考にしているという。視覚は特に人の普段の行動に影響するので、光がもたらす刺激に配慮が欠けていると「パブリックな場所」とは言い難くなる。目下、競技場以外では空港などにもクワイエットやカームダウンの空間、センサリールームを設置する動きがある。光環境のダイバシティ対応は今後さらに広がる可能性を持つ。

感覚過敏は、身体的のものと比較すると問題が可視化されにくい障害で、光や音から受ける刺激の強さやそれが耐え得るレベルかどうかなどの深刻さを他人は共有できない。このため、物理的なバリアフリーと比較し、そうした感覚の障害に関するバリアフリーは進みにくい性質がある。「コミットする企業や団体が増えて当事者を含むコミュニティも顕在化しており、政策立案や法整備の原動力となるはずです。そこでは必ず『どんな効果があるのか?』と聞かれることになる。事業的な効果を含め、エビデンスの引き出しを増やしていくのが研究する側の役目です」と佐々木さんは強調する。

佐々木銀河(ささき・ぎんが)(写真右)

筑波大学人間系障害科学域准教授。2016年に筑波大学大学院人間総合科学研究科障害科学専攻博士後期課程を修了。筑波大学ダイバーシティ・アクセシビリティ・キャリアセンター准教授などを経て、19年より現職。発達障害、自閉スペクトラム症、障害学生支援、知的障害、応用行動分析などを専門とする。

松本麻里(まつもと・まり)(写真左)

デザイナー。乃村工藝社クリエイティブ本部兼未来創造研究所に所属。

Writer
ヒカリイク編集部

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