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照明設計術:あえて「明るさを落とす」という選択

2022.12.7
照明設計術:あえて「明るさを落とす」という選択

これまで、照明は明るいほどよいという先入観を持つ方も多かっただろう。
しかし最近の研究では、仕事や生活のシーンに合わせて空間の明るさをあえて落とすことで、気分を落ち着かせ、ゆったりと過ごすことができると示されている。

ゆったりと過ごすために必要な光

空間の明るさを損なわず、落ち着いた雰囲気を出すためには、光源が見えない間接照明を用いるとよい。たとえば、ゆったりと過ごすリビングでは、低色温度の間接光で空間を演出すると効果的である。さらに、低色温度の間接光は疲労感を感じにくいとの報告も示されている。そのため、不安やストレス、疲労を感じている人が多いクリニックの待合室や休憩室などでは、低色温度の間接照明を使うとよいだろう。
一方で、オフィス空間で精力的な活動を促したい場合は、直接照明(ライン型)を使用するなど、用途やシーン、時間に合わせて光を使い分けるとよい。

「ゆったり過ごせる」空間の照明設計術

POINT1:くつろぎには低い色温度が最適

「リビングのソファで過ごす」といったくつろぎの空間をつくる際は、低い色温度、低い照度が効果的である。団らんにおいても低い色温度が適しているが、照度はくつろぎよりも高めのほうがよい。
年齢別の実験結果では、若年層は高齢層に比べ低い色温度が、くつろぎに適していると感じることが分かっている。ちなみに、高齢層はくつろぎと団らんについては色温度よりも照度に依存しているようである(参考論文1)。

くつろぎと団らんの照度の違い
若年層と高齢層に共通するくつろぐ(青点線)と団らん(赤点線)に適した照明条件の共通範囲を示した。くつろぐには低めの照度が、団らんには高めの照度が適していることが分かる。

POINT2:間接照明でネガティブな気分を軽減

高照度(780lx~1,500lx)の直接照明(ライン型)よりも、壁で光が拡散される低照度(75lx)の間接照明のほうが、不安、ストレス、疲労感といったネガティブな気分をより軽減することが報告されている。加えて、高色温度(6500K)よりも低色温度(2700K)のほうがネガティブな気分を軽減する(参考論文2)。
一方で、高照度の直接照明は色温度によらず(3000K~6500K)、活力、快適さ、満足といったポジティブな気分をより高めることができる。疲労を感じたときや緊張感を和らげたいとき、ストレスが溜まっているときは低色温度の間接照明の空間で、精力的に活動したいときは直接照明の空間で過ごすとよい。

間接照明はネガティブな気分を軽減する

POINT3:明るい空間だけが「快適」ではない

食卓では明るい照明が快適だと思われやすい。JISの照度基準でも“明るい”照明が求められてきた(300lx~500lx程度)。
しかし実際には、“暗くても快適な”照度の範囲がある。団らん、くつろぐ、飲む、食べるなどの行為を行う空間で、色温度3000Kの間接照明とスポットライトを組み合わせる場合は、テーブル面で75lx程度、スポットライトのみの場合は150lx程度あれば暗いと感じながらも快適に過ごせることが分かった(参考論文3)。
調光・調色できる照明を採用すれば、日中の食事では高照度の明るくはつらつとした食卓を、夕食は低照度の落ち着いた空間を提供することができる。

照度が低くても快適な空間がある

「ゆったりと過ごせる光」実際の空間事例

心地よい“暗さ”のある明かりの設え:「松本本箱」

創業300年の歴史をもつ老舗旅館「小柳」をリノベーションし、ホテル・レストラン・ブックストアなどを複合的に展開。その1つである「松本本箱」は、書店やレストランを併設したホテルである。
設計はSUPPOSE DESIGN OFFICE 吉田愛さん・谷尻誠さんが手がけた。コンクリートやブロック、天井のデッキプレートなどはあえて剥き出しとし、素材そのものの表情を生かした設えになっている。

松本本箱レストラン
1階レストランは、φ40×100㎜のミニマルなスポットライトで、3000K・200lxのほの暗い空間を演出した。写真:Kenta Hasegawa
「松本本箱」事例詳細はこちら

シーンにあわせてくつろぎを演出:「TSUTAYA 田町駅前店」

サラリーマンや学生、主婦など多種多様な人が行きかう東京・田町駅の目の前に立地する「TSUTAYA 田町駅前店」。244.9㎡の1階には書店とカフェを併設。165㎡の2階はラウンジがメインという贅沢な空間構成となっており、読書や仕事、勉強など思い思いにくつろげる。1階と2階それぞれに無線調光システム「Smart LEDZ」を採用し、調光・調色によってさまざまな使い方ができる空間に仕立てている。

TSUTAYA 田町駅前店2階ラウンジ
2階ラウンジ。店内の賑わいや雰囲気がガラスファサード越しに外から見えるように照明を計画。夜は、温白色3500K・調光率90%で照らしている。
「TSUTAYA 田町駅前店」事例詳細はこちら

[参考論文一覧]
1:大江由起・井上容子・丹後みづき(2020)「住空間における年齢と生活行為を考慮した照明に関する研究」『日本建築学会環境系論文集』, 85, (776), 725-732. 2:Mingyeh Hsieh (2015). Effects of Illuminance Distribution, Color Temperature and Illuminance Level on Positive and Negative Moods, Journal of Asian Architecture and Building Engineering, 14, (3), 709-716. 3:小﨑美希・楊柳青・平手小太郎(2017)「飲食空間における快適な暗さに関する研究」『日本建築学会環境系論文集』, 82, (735), 425-433.

Writer
ヒカリイク編集部

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