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島根、鳥取、山口など地域とつくる「パブリックなあかり」
──長町志穂氏に聞く

2023.10.18
島根、鳥取、山口など地域とつくる「パブリックなあかり」<br><span>──長町志穂氏に聞く</span>

公共空間を対象とする照明の計画は、社会的な影響力の大きい分野だと言っていい。近年は、自治体と市民や民間事業者が協働する「公民連携」型のまちづくりが進展し、誘客などの面でもあかりの役割が再認識されるようになっている。数多くの実績を持つLEM空間工房代表の長町志穂さんに、そうした仕事の醍醐味を聞いた。

地域の人たちの気持ちを一つに

長町さんが重視するのは、「地域の課題を解決するために照明デザインを使う」という姿勢だ。単純に広場や街路を整備し、照明できれいに照らしたからといって、そのまちが抱える問題が改善されるわけではない。デザイナーが役割を果たすためには、より本質的な課題に向き合う必要がある。

初期の決定的な経験となったのは、2010年、島根県邑南町からの依頼で、田園の風景のなかにイルミネーションを実現する仕事だった。「地元のご高齢の方々などと一緒に敷地を探し、制作ワークショップを開いてアイデアを出し合い、手づくりで進めたものです。地域の人たちの気持ちを一つにしていくのが重要な目的で、そのために照明デザインは最適な手段になると実感しました」

『INAKAイルミ』と称する11月の2日間のイベントとその準備は、コミュニティを育てる手段として、うまく機能してきた。町内の人たちの手で、現在まで13年間毎年欠かさず開催されている。使い捨てのインスタレーションにせず、地域の魅力を伝えるためにデザインの力を使った成果だと長町さんは考えている。

『INAKAイルミ』
島根県邑南町『INAKAイルミ』の様子。稲穂に見立てた約8万5000本の光ファイバーを使い、収穫の終わった田畑を幻想的な風景に変える(写真:LEM空間工房)

土木構造物に本格的に関わったのは、『堂島大橋ライトアップ』だった。『水都大阪プロジェクト』の一環として大阪市が2010年度に事業化したものだ。ライトアップ実現後に観光周遊マップに載るなど改めて地域のモニュメントとして位置づけられている。「自治体には、近隣のマンションの住民から『雰囲気が良くなったので引っ越しを思いとどまった』という電話があったそうです」

こういった歴史のある都市景観や古い建築物をライトアップするプロジェクトには、長町さん自身の喜びもある。例えば堂島大橋は、建築家の武田五一が設計した橋梁ながら、必ずしも地元の認知度は高くなかった。「照明により、第二の人生を吹き込んだわけです。自分の手で生き返らせる、医者のような仕事ができるんだという手ごたえがありました」

堂島大橋ライトアップ
大阪市『堂島大橋ライトアップ』の様子。水都大阪の西の玄関口に位置するモニュメンタルな橋梁で、徐々に変化する照明演出を行っている(写真:藤原次郎)

まちが抱える課題を解決する

長町さんは、2004年に照明デザイナーとして独立する前に、都市プランナーや都市デザイナー、関連する学識者などをネットワーク化する団体『都市環境デザイン会議(JUDI)』に加入。そこで、まちづくりに関する議論に触れてきた。都市分野の知見を発揮できる場として、広域のパブリックな照明に関わる機会が多い。

自治体によるあかりのマスタープランづくりに推進委員として参画し、2012年に策定に至った『神戸市夜間景観形成実施計画』。公共道路空間のエンターテインメント修景に照明デザイナーとして関わり、2018年に竣工した鳥取県境港市の『水木しげるロードリニューアル』。「いずれも、有名観光地なのに夜間になると人がいなくなる課題がありました。街灯だけきれいにしても、賑わいが生まれるわけでないのは明らかでした」

そこで、神戸市の夜間景観であれば、カフェや記念撮影スポットの必要性を説き、その次に照明計画を具体的なビジュアルと併せて提案するような考え方を取っている。水木しげるロードでは、来街者の回復が市長の願いであると分かったので、商業施設で培ったノウハウを持ち込んだ。エンターテインメント性のあるライトアップにより、人を引き付けるパブリック環境を生み出した。

鳥取県境港市『水木しげるロードリニューアル』によるライトアップの様子。妖怪のブロンズ像が並ぶ全長約800mの街路のリニューアルのなかで、照明によるナイトミュージアムを生み出した(写真:鈴木文人)

事務所の業務内容にも、おのずとユニークさが表れている。一般的なデザインワークショップにとどまらず、照明社会実験やマルシェなど地域活性化の仕掛けづくりのノウハウを持つ。「照明社会実験というのは、モックアップ(実寸模型)と呼ばれるものの“まちバージョン”です。模擬的に照明器具を設置し、その効果の検証のために人が集まる仕組みなどを併せて企画します」。事前告知のチラシ制作から事後のアンケートまでLEM空間工房が賄う。

「照明では解決できない課題もありますが、ハード整備のなかで比較的コスト負担が小さいのが照明です。だから、まず照明を変えることによってまちに元気が生まれ、次につながり得るならやってみようというスタンスですね」

照明社会実験の最新の取り組みは、2022年度に開始した『鳥取城跡石垣ライトアップ』。「あかりの力を、みんながまざまざと感じたと思います。それは光が素敵だからというわけじゃなく、観光資源となり得る城跡の石垣の魅力に、地元の方々が改めて気づいたんです」

鳥取城跡石垣ライトアップ
照明社会実験『鳥取城跡石垣ライトアップ』の2022年実施時の告知チラシ(資料:LEM空間工房)

オープンな議論でまちを良くする

長町さんが手がけてきたような照明デザインの在り方は、公共資産の活用に民間事業者が参画する「公民連携」型のまちづくりで、より重要になっている。これまでに、大阪市での『中之島漁港にぎわい創出社会実験』や、人吉市(熊本県)の『ひかりの復興プロジェクト』、長門市(山口県)の『長門湯本温泉観光まちづくり』など、多数の自治体での社会実験に関わっている。

長門市では、星野リゾートによる旅館再生に併せて、同社を含む地域の事業者や住民、様々なデザイナーが協働し、2017年から温泉地再生を推進してきた。重要な特徴は、関係者がフラットに意見交換する場が設けられていることだ。LEM空間工房と協働する場面が多い都市プランナーの泉英明氏(ハートビートプラン)が、「デザイン会議」と呼ぶその会議体の司令塔となって推進した。

『長門湯本温泉観光まちづくり』で実施された水辺の照明演出(写真:LEM空間工房)

「検討すべき事柄のすべてを全員が参加して議論します。それぞれの専門家は責任を持って自らやるべきことを提案しますが、専門家でない人も気兼ねなく疑問点をぶつけたり、自由に意見を述べることができるのです。おのおのが持てる能力のすべてを発揮し、山積みされた課題をみんなで解決していく感じが清々しく、業務を越えた人と人のつながりも生まれるのです」

長門湯本温泉観光まちづくりでは、これまで幾つかの公共空間で導入してきた「全域調光」の考え方を推し進め、温泉街を流れる音信(おとずれ)川沿いでは、完全な暗闇にできる照明モードを提案した。「河川空間の再生に際し、まちのみなさんが昔のホタルの記憶を大事にしているのが分かりました。上流を調査したところ驚くほどホタルが群生しているのを知り、温泉街に呼び戻すために水辺が暗闇になる“蛍モード”の設定を長門市に提案しました」

蛍に寄り添う照明演出
『長門湯本温泉観光まちづくり』における「蛍に寄り添う照明演出」の説明図。上が通常時の全点灯状態。下が音信川沿いを消灯し、必要最小限の行灯照明を残した状態。
国指定天然記念物のゲンジボタルが見られる5月下旬から6月上旬に導入する。ほかに満月時のモードなども設定されている(資料:LEM空間工房)
『長門湯本温泉観光まちづくり』における「蛍に寄り添う照明演出」の告知ビジュアル(資料:LEM空間工房)

公共空間の新設照明として前例の思い当たらない取り組みではある。しかし、デザイン会議や住民ワークショップで納得の行くまでオープンな議論を重ねた結果、市や住民がこれを承認した。「省エネが必須で、将来のエンターテインメントへの活用も想定するなら、状況に応じてプログラム制御できる全域調光が必要だと確信していました」

地方創生の掛け声がかかって久しいが、どの地域も、財政面をはじめ根本的に困っている状況がある。だから少し無理が生じそうでも、遠い町でも依頼を引き受けてしまうという。「助けに行くのが仕事なので」と長町さんは笑う。

長町 志穂
長町 志穂(ながまち・しほ)

1988年に京都工芸繊維大学工芸学部卒業後、松下電工(現・パナソニック)に入社、照明デザイン室課長を経て、 2004年にLEM空間工房設立。
現在は都市計画、土木、まちづくりに軸足を置き、特に都市の夜間景観計画の立案や同ガイドラインの策定、照明を核とする公民連携によるまちづくりやイベント、パブリックアートなどに企画立案から関わる。

Writer
ヒカリイク編集部

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