照明設計術:あえて「明るさを落とす」という選択
目次
ゆったりと過ごすために必要な光
「ゆったり過ごせる」空間の照明設計術
POINT1:くつろぎには低い色温度が最適
POINT2:間接照明でネガティブな気分を軽減
POINT3:明るい空間だけが「快適」ではない
「ゆったりと過ごせる光」実際の空間事例
心地よい“暗さ”のある明かりの設え:「松本本箱」
シーンにあわせてくつろぎを演出:「TSUTAYA 田町駅前店」
ゆったりと過ごすために必要な光
空間の明るさを損なわず、落ち着いた雰囲気を出すためには、光源が見えない間接照明を用いるとよい。たとえば、ゆったりと過ごすリビングでは、低色温度の間接光で空間を演出すると効果的である。さらに、低色温度の間接光は疲労感を感じにくいとの報告も示されている。そのため、不安やストレス、疲労を感じている人が多いクリニックの待合室や休憩室などでは、低色温度の間接照明を使うとよいだろう。
一方で、オフィス空間で精力的な活動を促したい場合は、直接照明(ライン型)を使用するなど、用途やシーン、時間に合わせて光を使い分けるとよい。
「ゆったり過ごせる」空間の照明設計術
POINT1:くつろぎには低い色温度が最適
「リビングのソファで過ごす」といったくつろぎの空間をつくる際は、低い色温度、低い照度が効果的である。団らんにおいても低い色温度が適しているが、照度はくつろぎよりも高めのほうがよい。
年齢別の実験結果では、若年層は高齢層に比べ低い色温度が、くつろぎに適していると感じることが分かっている。ちなみに、高齢層はくつろぎと団らんについては色温度よりも照度に依存しているようである(参考論文1)。
若年層と高齢層に共通するくつろぐ(青点線)と団らん(赤点線)に適した照明条件の共通範囲を示した。くつろぐには低めの照度が、団らんには高めの照度が適していることが分かる。
POINT2:間接照明でネガティブな気分を軽減
高照度(780lx~1,500lx)の直接照明(ライン型)よりも、壁で光が拡散される低照度(75lx)の間接照明のほうが、不安、ストレス、疲労感といったネガティブな気分をより軽減することが報告されている。加えて、高色温度(6500K)よりも低色温度(2700K)のほうがネガティブな気分を軽減する(参考論文2)。
一方で、高照度の直接照明は色温度によらず(3000K~6500K)、活力、快適さ、満足といったポジティブな気分をより高めることができる。疲労を感じたときや緊張感を和らげたいとき、ストレスが溜まっているときは低色温度の間接照明の空間で、精力的に活動したいときは直接照明の空間で過ごすとよい。
POINT3:明るい空間だけが「快適」ではない
食卓では明るい照明が快適だと思われやすい。JISの照度基準でも“明るい”照明が求められてきた(300lx~500lx程度)。しかし実際には、“暗くても快適な”照度の範囲がある。団らん、くつろぐ、飲む、食べるなどの行為を行う空間で、色温度3000Kの間接照明とスポットライトを組み合わせる場合は、テーブル面で75lx程度、スポットライトのみの場合は150lx程度あれば暗いと感じながらも快適に過ごせることが分かった(参考論文3)。
調光・調色できる照明を採用すれば、日中の食事では高照度の明るくはつらつとした食卓を、夕食は低照度の落ち着いた空間を提供することができる。
「ゆったりと過ごせる光」実際の空間事例
心地よい“暗さ”のある明かりの設え:「松本本箱」
創業300年の歴史をもつ老舗旅館「小柳」をリノベーションし、ホテル・レストラン・ブックストアなどを複合的に展開。その1つである「松本本箱」は、書店やレストランを併設したホテルである。設計はSUPPOSE DESIGN OFFICE 吉田愛さん・谷尻誠さんが手がけた。コンクリートやブロック、天井のデッキプレートなどはあえて剥き出しとし、素材そのものの表情を生かした設えになっている。
1階レストランは、φ40×100㎜のミニマルなスポットライトで、3000K・200lxのほの暗い空間を演出した。写真:Kenta Hasegawa
「松本本箱」事例詳細はこちら
シーンにあわせてくつろぎを演出:「TSUTAYA 田町駅前店」
サラリーマンや学生、主婦など多種多様な人が行きかう東京・田町駅の目の前に立地する「TSUTAYA 田町駅前店」。244.9㎡の1階には書店とカフェを併設。165㎡の2階はラウンジがメインという贅沢な空間構成となっており、読書や仕事、勉強など思い思いにくつろげる。1階と2階それぞれに無線調光システム「Smart LEDZ」を採用し、調光・調色によってさまざまな使い方ができる空間に仕立てている。
2階ラウンジ。店内の賑わいや雰囲気がガラスファサード越しに外から見えるように照明を計画。夜は、温白色3500K・調光率90%で照らしている。
「TSUTAYA 田町駅前店」事例詳細はこちら
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[参考論文一覧]
1:大江由起・井上容子・丹後みづき(2020)「住空間における年齢と生活行為を考慮した照明に関する研究」『日本建築学会環境系論文集』, 85, (776), 725-732.
2:Mingyeh Hsieh (2015). Effects of Illuminance Distribution, Color Temperature and Illuminance Level on Positive and Negative Moods, Journal of Asian Architecture and Building Engineering, 14, (3), 709-716.
3:小﨑美希・楊柳青・平手小太郎(2017)「飲食空間における快適な暗さに関する研究」『日本建築学会環境系論文集』, 82, (735), 425-433.
Writerヒカリイク編集部
『ヒカリイク』は、人と光に向き合うデザイン情報サイトです。これからの空間デザインに求められる照明の未来から、今すぐ使えるお役立ち情報まで、照明についてのあらゆるニュースをお届けします。
プランニング照明照明計画照明設計照明設計術間接照明
観葉植物がオフィスでも育つ照明とは? バイオフィリックデザインに必須の光環境に迫る
目次
はじめに:植物の生育に必要な「明るさ」と「波長」
実験:「葉や茎の成長」に適した光、「光合成」に適した光とは?
結果1:「葉や茎の成長」に適した光色はこれだ
結果2:「光合成」に適した光色はこれだ
まとめ:観葉植物にとって理想の光環境
はじめに:植物の生育に必要な「明るさ」と「波長」
植物の生育に必要な「明るさ」
観葉植物を室内に設置する場合、植物の生育の観点では、植物に向けてスポットライトなどを照射して「約2,000lx」の明るさを確保することが理想的だと言われている。一般的なオフィスの机上面に求められる明るさが約750lxであることを考慮すると、植物に対してはその3倍近くとなる高い照度が必要とされる。
植物の生育に必要な「波長」
葉や茎の成長に必要とされるのは、400~500nmの波長を多く含む青い光だと言われている。一方で、光合成に必要なのは、600~700nmの波長を多く含む赤い光だと言われている。青い光と赤い光、どちらの波長も植物の生育には欠かすことができないのだ。
実験:「葉や茎の成長」に適した光、「光合成」に適した光とは?
上述の通り、「葉や茎の成長」と「光合成」では、求められる波長すなわち光色が異なるようだ。
今回の実験では、光色と明るさが異なる6つの照明条件を用意し、「葉や茎の成長」と「光合成」それぞれに対して、光色がどれだけの影響を与えるのか確かめてみた。
実験方法
以下の条件で植物を照射し、約一か月半後の葉や茎の育成状態を評価した。
植物の種類:エバーフレッシュ
使用照明:調光調色LED照明「Synca」
照明条件:3つの光色(5,000K、カラーライティングの赤色、12,000K)と2つの明るさ(750lx、2,000lx)を組み合わせた計6条件
期間:2022年2月1日~3月15日
点灯時間:8:00~17:00
結果1:「葉や茎の成長」に適した光色はこれだ
まず、「葉や茎の成長」のみに着目した結果をご紹介しよう。
白い光(5,000K)と赤の光では、低照度(750lx)で葉や茎の徒長(※1)が見られ、高照度(2,000lx)では大きな変化がなかった。一方で、青い光(12,000K)では、低照度でもしっかりと葉や茎が伸長し、落葉もほとんど見られなかった。
したがって、青い光(12,000K)であれば葉や茎の成長につながる光を効率的に確保できるため、2,000lxより低い照度に抑えても、他の光色の2,000lxと同等の効果を得られる可能性があることが確認された(※2)。
また、変化なしの高照度の白い光(5,000K)も一見良いように思えるが、成長しない状態は植物にとって不自然な状態であり、将来的に生育不良に陥る可能性も考えられるため、今回は△の評価を付けた。バイオフィリックデザインの醍醐味とも言える、植物の成長を実感できる喜びが得られないという心理的な要因もある。
※1:徒長とは、不足した光を求めて葉や茎が伸びること。ヒョロヒョロとして見た目が悪い上に、害虫などに対する抵抗力も弱く、葉を落とすこともある。
※2:植物の樹種や個体差により結果が異なる可能性がある。
結果2:「光合成」に適した光色はこれだ
次に、「光合成」に着目した結果をご紹介する。ここでは、いずれの光色でも徒長が見られなかった2,000lxの明るさで、光色ごとに水分量(※3)を評価した。
※3:植物は光合成によって水を循環させることから、吸収された水分量から光合成の活性度を測った。
吸収された水分量は、「青い光 < 白い光 < 赤い光」と、赤の波長が多い順に並んでおり、光色が赤いほど活発に光合成が行われた(※4)。
※4:植物の樹種や個体差により結果が異なる可能性がある。
まとめ:観葉植物にとって理想の光環境
本実験によって、以下のことを確認することができた。
白い光のみで育てた植物は、枯れはしないが、高照度(2,000lx)でも成長しない
青い光は葉や茎の成長を、赤い光は光合成を促す。
植物には、白い光だけでなく、植物の成長を促す青い光と赤い光が必要。
一般的に、オフィスは太陽光が入りにくく、植物を育成するには過酷な環境であることが多い。
また、通常の白色光の場合、2,000lxという強い光を当てても、実験期間中は成長が見られなかった。もし今後成長が見られたとしても、2,000lxの白い光は、オフィスの視環境としては明るすぎる。
バイオフィリックデザインは、植物が成長する楽しみも重要な要素のひとつである。そのため、バイオフィリックデザインをオフィスに導入する場合は、植物の成長を効率的に促す、赤い光と青い光が出せる調光調色機能付きの照明器具を導入すると良いだろう。
また、植物の成長を促す青い光は低照度(750Lx)でも高照度(2,000lx)と同様の効果を発揮したため、青い光は照度を下げるなどの工夫をすれば、植物を育成しながら省エネを両立できる可能性もある。
今回は、オフィスでバイオフィリックデザインを取り入れる際の光環境についてお伝えした。植物について少しでも理解を深めたうえで、室内でも人と植物が共存できる光環境を取り入れてみてはいかがだろうか。
オフィスバイオフィリックデザイン照明調光調色
「クルーゾフ(クルイトフ)効果」とは?
目次
クルーゾフ効果とは?
クルーゾフ効果における「快」「不快」の領域とは?
クルーゾフ効果を応用した節電効果について
「HUE-HEAT効果」を応用した照明設計
おわりに
クルーゾフ効果とは?
クルーゾフ効果の説明をする前に、「色温度」と「照度」について解説する。
「色温度」(K[ケルビン])は、光の色を表す単位で、黒体に高熱を加えた際に放出される光の色を、その時点の黒体の温度で表したものである。色温度が低いほど赤みがかり、高いほど青みがかった光色になる。
「照度」(lx[ルクス])は、光源によって照らされた面の明るさを表す単位である。正確には、単位面積あたりに入射する光の量で、日本のJIS規格「JIS Z9125」では、場所の用途や作業内容によって照度の基準が定められている。
この色温度と照度の関係を表したものが、オランダの物理学者A.Aクルーゾフによって1941年に発表された「クルーゾフ効果」であり、その光が快適、もしくは不快だと評価される傾向がある色温度と照度の領域を表している(上図参照)。
例えば、自然の風景を思い浮かべると、昼の青空(高色温度×高照度の空間)や、夕焼けの空(低色温度×低照度の空間)は快適で心地よい。したがって、上図の2つの点線に囲まれた「快適な」領域は、快適であると想像しやすい。
一方で、曲線から上にはみ出ると、一般的に「暑苦しく不快な印象」の空間になると言われており、逆に、曲線から下にはみ出ると「冷たく不快な印象」になると言われている。
クルーゾフ効果における「快」「不快」の領域とは?
実際に、不快とされる領域の色温度×照度の光を再現してみた。なお、再現には色温度と照度を自在に変更できる、次世代調光調色シリーズ「Synca」を使用している。
下の4画像にて、それぞれ上記グラフ上の①~④の部分に相当する領域の光を再現している。
①低色温度×高照度(床面照度2,000lx、色温度1,800K)
上の写真は、①の「低色温度×高照度」の領域で、少し圧迫感と暑苦しさを感じた。
②低色温度×低照度(床面照度60lx、色温度2,400K)
②は「低色温度×低照度」の領域で、夕暮れの日の光のような落ち着きのある空間だと感じた。
③高色温度×低照度(床面照度62lx、色温度12,000K)
③は「高色温度×低照度」の領域で、作業や業務を行うには物足りない印象だった。
④高色温度×高照度(床面の照度3,200lx、色温度12,000K)
④は「高色温度×高照度」の快適な領域で、清潔感があり、目が覚めるような空間だと感じた。
このように、色温度と照度には、人間が感じる快適さという点で密接な関係がある。さらに、このクルーゾフ効果を応用すれば、人間にとって快適な環境を維持しながら節電もできるようになるのだ。
クルーゾフ効果を応用した節電効果について
クルーゾフ効果を応用することで、消費エネルギー量の削減が実現する。上で述べた通り、低色温度の光は低照度の環境で快適だと感じられるため、調光調色機能付きのLED照明で低色温度時の照度を下げることで、快適性の向上とエネルギーの削減につながる。
調光調色で省エネを実現した実例はこちら
「HUE-HEAT効果」を応用した照明設計
さらに「HUE-HEAT効果」も応用した照明設計も考えられる。
「HUE-HEAT効果」とは、同じ室温でも、オレンジ色などの低色温度の照明下では暖かく感じ、青などの高色温度の照明下では涼しく感じるという効果のこと。この効果を応用することで、室温を上下させず照明の色を変化させるだけで体感温度が変わるため、冷暖房費の削減を狙うことも可能となる。
照明設計においては、夏は高色温度、冬は低色温度に設定し、暖かくしたい・涼しくしたいといった要望が出た際に、都度色温度を切り替えられるような調光スケジュールを組むことで実現できるだろう。
【出典】『日本建築学会東海支部研究報告書2018』(岡田祥,三木光範ほか)より
おわりに
約80年前に提唱されたクルーゾフ効果であるが、定義の分かりやすさと実体感との近さから、今の照明計画においても大切な指標である。さらに調光調色が容易になったことで、この関係性を活用することで、照明の消費電力だけでなく、空調負荷を最適化する効果も発揮する。「快適性」と「エネルギー」を両立した照明設計に役立ててほしい。
一方で、この80年の間の技術革新により、現代のLED照明の環境下ではクルーゾフ効果に当てはまらないケースもあるようだ。気になった方は下記『クルーゾフ効果を再検証する』を確認してほしい。
『クルーゾフ効果を再検証する』を読む
Writerヒカリイク編集部
『ヒカリイク』は、人と光に向き合うデザイン情報サイトです。これからの空間デザインに求められる照明の未来から、今すぐ使えるお役立ち情報まで、照明についてのあらゆるニュースをお届けします。
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