記憶に残るホテルの光
vol.3 暗闇が生み出すリゾートホテルの非日常体験(谷山直義/NAO Taniyama & Associates)
2022.12.23
「シックスセンシズ ニンヴァンベイ」は、自然に囲まれた閑静なリゾートエリアにある。ブランド名の通り、人の五感に加え、非日常感を大いに意識させるコンセプトだ。
私が好きなホテルで、施設の内外の環境を含めた光の体験が思い出に残っているのが、ベトナムのニャチャンという都市にある「シックスセンシズ ニンヴァンベイ」です。
このホテルは、ラグジュアリーホテルのシックスセンシズブランドの中で、高級路線でありながら、過剰に演出しない、もともとの土地の自然を生かした空間づくりが印象的なホテルです。ホテルの敷地では、美しい海を望む海岸沿いにヴィラが並び、それらを鬱蒼とした森が取り囲んでいます。ヴィラやレストラン棟など建物は点在しているので、それらの行き来には自転車を使うのですが、日中は緑の中を気持ちよく走れるのに対して、夜になると怖いくらいの暗闇が広がります。道に沿って竹の台座にロウソクを灯した灯りがポツポツと置かれていますが、先はほとんど見えないし、ホテルの敷地内とは思えない夜の森を進んでいかなければなりません。ただ、最初は真っ暗で何も見えないと思っていた道も、少しずつ目が慣れてくるとロウソクの灯りだけでもうっすらと周りの様子が分かるようになり、波や風の音、草木の匂いなどが敏感に感じられるようになっていきます。そのまま道を進み、崖の上に建つレストランに入ると、ここも自然を生かしたリゾートホテルというイメージ以上に、室内の照明が暗くなっています。しかし、暗闇の道を抜けてくる中で、その暗さに順応している自分がいて、体が周りの環境に自然にアジャストする機能を実感し、また、自分の五感が研ぎ澄まされるような感覚や、要らない情報から解き放たれたような解放感が得られました。

「シックスセンシズ ニンヴァンベイ」では、夜になると照明がほとんどない森の中を抜けて各施設を行き来する。
日本のリゾートホテルを見てみると、安全性を重視して夜でも明るく、客室ではちょっとした隙間にも間接光が仕込まれていたりと、たくさんの照明が設置されているケースが多いです。もちろん、ケガをしないように機能的な光は必要ですが、それが当たり前の明るさになると、本来の魅力が失われてしまう可能性もあります。リゾートでは、日常生活では得られない体験や過ごし方が求められます。特に自然環境を取り入れた施設では、自然の暗さもまた、空間の魅力になるのではないでしょうか。
近年は照明器具の小型化や調光調色といった性能が向上していますが、私たち現代人がその光を上手く扱えていないのではないかと感じることがあります。例えば、バーを設計する時、一番大事なのは空間を美しく彩ることではなく、そこに座る人が魅力的に見えたり、気分が盛り上がったりとするような空間づくりです。しかし、最新の照明器具を導入すると、色や明るさの変化を演出として取り入れようとして、テクノロジーを使うこと自体が目的になってしまいそうになる。「シックスセンシズ ニンヴァンベイ」での暗闇での体験を思い返すたびに、新しい照明技術を駆使しながらも、それらを感じさせない、プリミティブな体験を生み出す光をデザインしていくことが私たちの仕事だと思っています。〈談〉

ホテルのあるエリア全体が都市生活から切り離された、“隠れ家リゾート”となっている。ベトナム南東部の半島の先に位置する。
谷山直義(たにやま・なおよし)
1973年愛知県生まれ。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科卒業後、スーパーポテトで杉本貴志に師事。2011年NAO Taniyama & Associatesを設立。「グランドハイアット東京」「ドミニク・ブシェ トーキョー」などのホテルやレストランなど幅広い空間デザインを手掛ける。最新のプロジェクトに、2023年開業予定の日本初上陸のホテル「VOCO 大阪セントラル」がある。http://www.nt-a.jp
Writer
ヒカリイク編集部
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