バイオフィリックデザインのその後 vol.2
緑に包まれた集合住宅『LEAF COURT PLUS』
2024.6.24
吹き抜けとなっている中庭を4階から見下ろす。壁面緑化のアイビーやシダが葉を伸ばし、心地良い緑のカーテンが形づくられている。
みずみずしい植物を取り入れ、室内外を緑化するバイオフィリックデザイン。自然を感じられるデザインは、心地良くウェルビーイングな環境をつくり出すことに効果があると注目され、近年多くの空間に取り入れられてきた。そうした植物たちは、どのように育っているのだろうか。バイオフィリックデザインを導入した空間の“その後”をレポートする企画の第二弾として、2022年にリノベーションした集合住宅「LEAF COURT PLUS(リーフコートプラス)」を訪ねた。
在来種による室内緑化を実験
エントランスから一歩入ると、目の前に緑いっぱいの中庭が広がり、都心とは思えない豊かな環境にほっと一息つく。渋谷区幡ヶ谷にある賃貸マンション「LEAF COURT PLUS」は、2022年夏にリノベーションした。「緑と共に働き、暮らす」をコンセプトに、ランドスケープデザイン事務所、スタジオテラのディレクションのもと、共用部に大々的にバイオフィリックデザインを導入している。
竣工時の様子はこちらからチェック
中庭の様子。自然光が差し込み、風が通る中庭では、植物が生き生きと育っている。中央に設けられたベンチで過ごす住人も多い。
改修から約1年半後に再訪すると、1階中庭の植物は根づいて緑濃く成長し、ツツジやシャガなどの花が咲きほころんでいた。壁面から枝垂れるアイビーもツルを長く伸ばし、順調に生育している様子が伺える。
地下に降りると、住人専用のワークスペースの中央に大きな植栽スペースが設けられ、さまざまな植物が茂っている。自然光があまり入らない室内だが、通常室内緑化に用いられる観葉植物ではなく、地域の在来種を中心とした実験的な植栽デザインにチャレンジしている。熱帯や亜熱帯を原産とするゴムやフィカスなどの観葉植物の場合、一般的には2000lxという強い明るさや一定の温度を必要とするが、アオキやヤツデなどの常緑の在来種であれば、日陰にも強く、より日本の気候に近い状態で育てられるのではと考えてのことだ。
植物の状態は、全体的に成長してボリュームが増している。環境になじんだ自然な姿が印象的だ。室内環境にも適応して、旺盛に成長するオオイタビなどの植物がある一方で、合わない植物も出てくる。自然環境と同じように植物の遷移が行われているようだ。
社員が住み込みで植栽をメンテナンス
現在のメンテナンス体制について、事業主である荒井商店・ビルディング事業部長の藤嶋建太郎さんに聞いた。
「植栽を施工した東光園緑化さんに月1~2回入っていただき、剪定などの年間管理をしていただいています。また、日々のメンテナンスについては、当社の新入社員が当マンションに住んでいて、彼らが隔週で手を入れています。東光園緑化さんに日常的な手入れについて教えていただきながら、霧吹きや葉の表面をふき取ったり、落ち葉を集めたり、半日程度かけて作業しています。福利厚生の一環として住宅を提供しつつ、マンション管理の仕事として緑に触れる学びの機会になればと考えています」
BEFORE(竣工時の様子)
AFTER(2024.5時点) 地下に設けられたワークスペースの植栽の竣工当時と現在の様子を比較。スケルトン天井が半ば隠れるほど成長し、デスクにも植物が葉を伸ばしている。
共用部のディレクションとランドスケープデザインを手掛けたスタジオテラ代表の石井秀幸さんは、植物の状態を確認しながら、次のように話す。
「『緑に触れることが学び』と藤嶋さんがおっしゃった言葉が一番の収穫だと思っています。マンション管理の視点からすれば、グリーンを全面的に取り入れることは、ランニングコストがかかるため、大きなチャレンジだったと思います。その上で、都市の暮らしに植物を取り入れようと決断された。人とみどりの距離感というのは、現場を見ると伝わってくるもの。今の植物が生き生きとした状態というのは、丁寧に手入れをされている結果だと思います」
光、風、湿度環境をモニタリングしつつ、新たな知見を得る
とはいえ、植えたばかりの初期は植物の状態が安定せず、カイガラムシやハダニ、アブラムシなどの虫害を経験した。竣工後1年間は事業者である荒井商店、設計者のスタジオテラ、植栽管理者の東光園緑化が3ヶ月に1度集まり、植物の状態をモニタリングしながら管理に当たった。生育状態に応じて湿度、照明、風向きなどを微調整していたが、それでも防ぎきれなかったという。
「要因として、窓を開けていたので外から虫が入ってきたのではと考えています。屋外で育てた苗木を屋内に植えているので、もともと根鉢に付いていた可能性も高い。また、ミストを噴霧して湿度を調整していましたが、湿度が高くなり過ぎて虫の発生につながったのではないかと分析しています」と石井さん。
左図:BEFORE(竣工時の様子)右図:AFTER(2024.5時点)
植栽プランターの壁面を覆うようにオオイタビが成長している。
照明については「Synca」を採用し、自然光のサイクルに近づけるよう調光調色をしている。ワークスペースは、夕方から暗くなり、21時以降は完全に消灯。夜間には植物の育成に必要な赤と青の波長の光を照射している。今回のモニタリングの結果、明るさについても従来の観葉植物を育成するケースとは異なる知見が得られた。
「もともと日陰に強い常緑の在来種が多く植えられているので、一般的な観葉植物の目安とされる2000lxという高照度より弱い光で育成できることがわかりました」と照明計画を手掛けたフィグライティングデザインの永松冴子さんは話す。現在、高木で1500lx程度、樹木の木陰で育つヤツデなどの低木やクサソテツなどの下草は500lx程度の照度となっている。現状を見ると、樹木が成長し、スポット照明との距離が近づいたため、高木付近で葉焼けが見られる。そのため、照度や照明器具との間隔を調整する必要があるという。いずれにせよ、これまで観葉植物を室内で育成する場合に必要とされていた2000lxという基準よりも低い照度でも育つことがわかった。
みどりを育てることがコミュニティーを育む
植物を身近に感じ、過ごすことで、人と植物が共生するための環境づくりへの理解も進んでいる。
人と自然が共生する環境を目指し、実験的とも言えるバイオフィリックデザインを取り入れた「リーフコートプラス」。事業者の荒井商店は、現状をどのように捉えているのだろうか。
「築30年超のマンションをリノベーションし、通常相場よりも3割アップの賃料を設定し、95%で稼働していることは評価できると思います。入居者も自然や植物に興味があり、この環境を気に入って住まわれる方が多く、良好なコミュニティーが形成されていると感じます。今後はきちんと維持管理して、庭をより豊かに育てていくことが目標です」と藤嶋さん。
住人同士の交流が生まれる食事会などを企画すると、参加率も高いという。また、ワークスペースの夜間の消灯についても、入居段階で説明しているため、自然と受け入れられているようだ。日々植物に触れ、共に暮らすことで、植物への理解も育まれているのではないだろうか。
建物は古くなるが、庭は経年変化で豊かになっていく。いかに魅力的に感じられるみどりを育てられるかが、今後のバイオフィリックデザインの価値につながっていくのだろう。照明も、自然光の差し込まない室内において植物を育成する一つのファクターとして、今後も探求を重ねていく余地がありそうだ。
左からFIG Lighting Design 永松冴子さん、荒井商店 藤嶋建太郎さん、スタジオテラ 石井秀幸さん、鈴本麻由美さん。
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Writer
ヒカリイク編集部
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