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美術品でありながら、信仰の対象でもある仏像。光によって、表情や雰囲気がドラマティックに変わるため、照明の役割は大きい。
仏像を照らす理想的な光とはどのようなものか。
博物館における照明デザインの第一人者である東京国立博物館、展示デザイナー・木下史青さんに聞いた。
壮麗な大理石の大階段が印象的な上野の東京国立博物館本館。仏像が展示されるのは、人が集まるエントランスホールを通り抜けてすぐのところにある彫刻の展示室11だ。黒い柱が立ち並ぶ中、お像が浮かび上がる厳かな雰囲気に一瞬にして気持ちが切り替わり、静かに仏像に向き合う。この空間の“気配”こそ、木下さんがデザインしたものだ。
「博物館では、仏像を彫刻として展示します。西洋美術のギリシャ・ローマ時代の彫刻と同じ扱いで、人体表現としての仏像を見せます。けれども、来館者の中には仏様に向かって手を合わせる方もいて、信仰の対象でもある。それが仏像展示の難しいところです」と木下さんは話す。
木下さんの展示に対する基本的な考え方は、博物館の展示空間を仏像がもともと安置されていた寺院のお堂の雰囲気に近付けることだ。そのため、黒い列柱を立て、梁を渡し、展示空間を仕切った。柱と梁は多くのスポットライトを取り付けられる照明システムでもあり、仏像の表情が美しく見えるように照らすことを可能にしている。梁の上には天井を照らす間接照明を仕込み、やわらかい光が空間を包み込むお堂のようにデザインした。
また、東京国立博物館の展示にあたっては、人類の遺産である所蔵品がこの先100年、200年先も残るように指針が定められている。展示照度に関しては、作品保護のため、彩色彫刻は100lx以下、展示期間は年3カ月以内と制限されている。そのため、館内は暗いという印象がつきまとうが、木下さんはタスク(展示照明)&アンビエント(間接照明)を使い、来館者が感じる暗さを軽減。落ち着きのある展示空間をつくり出した。
仏像を照らす展示照明についてはどのように考えたのだろう。
「ご本尊は影が一つの方が良いと言われています。影が背後にいくつも映るよりは、お像だけとぐっと対面した方が良いからです。仏像は千年以上も大切に残されてきたという、存在自体が重要な“実存主義”であると話す学芸員もいるほどです」
木下さんが駆使したのは、光学レンズとカッタースポットだ。特に舞台美術などで用いられるカッタースポットは、照らしたいところだけに光を集め、展示物からはみ出す部分はカットしたり、輪郭をぼかしたりできることから重宝した。まさに仏像にスポットライトを当てるように、存在が際立ってくる。
また、絵画と異なり、仏像は360度全方向から見られる立体作品だ。そのため、背後から、時には下から照らすこともある。また、ガラスケースの外側から照らすこともある。その場合は、鑑賞者の影ができないように、人の頭越しに、光が差し込むようにする。鑑賞の妨げとなる、まぶしさを感じさせる反射光にも、常に配慮している。
こうした職人技のような照明テクニックを用いながら、仏像の見え方や顔の表情を現場で検証していく。
「一番わかりやすかったのは『唐招提寺展』(2005年)で鑑真和上坐像を展示した時です。研究員から、初めて鑑真さんが笑って見えたと言われました。鑑真は唐から日本に渡ろうとして失敗し、失明もしながら6回目でようやく来日を果たした。だからどうしても悲しそうだったり、険しいお顔に見えたりするけれど、『微笑んで見えた』って。人形は顔が命と言いますけれど、本当にお像は笑ったり厳しい表情を見せたりします。やはり、手を合わせたくなるような表情の方がありがたいですね」
博物館で仏像を鑑賞する時、お寺に比べて、仏像の表情や衣の繊細な表現、時を経た風格や木肌の味わいといったディテールにより目がいく。キャプションの客観的な情報も鑑賞のための重要な手掛かりとなる。そうした情報を感知して、感動したり、納得したり。さまざまな要素を取捨選択し、魅力を引き出すのが光だ。
「仏像そのものの魅力を伝えるためにどのような雰囲気にして、見え方を調えるか。照明は作品の持つ世界観をつくり出すものなのです」
木下さんは仏像が飾られていた原風景での見え方を大切にするという。また、茶道や華道などの日本の自然と共にある文化にも親しんできた。知識だけでなく体感して得た素養をベースに仏像を解釈し、背景となる世界観を提示する。照明技術だけでなく、そうした解釈こそ、仏像を照らし、また見る人の心をも照らす光となるには欠かせない。
1965年生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修士課程(環境造形デザイン専攻)修了。同大学院博士課程(企画理論研究室)修了、学位取得(美術)。
株式会社ライティング プランナーズ アソシエーツを経て、現在、東京国立博物館 学芸企画部 上席研究員。
「プライスコレクション 若冲と江戸絵画展」「国宝 阿修羅展」をはじめとする特別展、総合文化展の展示・照明デザインを手掛ける。
撮影/フォワードストローク
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