■藤本壮介■


藤本
 建築家の藤本です。


 僕は、自分は照明が少し苦手だと思っています。建築をやっているときにも、ふだんは、やはり自然光の状態で空間をイメージしていくことが多く、夜どうするんだろうと考えて、いつも困っています。照明家に頼むこともあるんですけれども、照明家の方も難しいとおっしゃいます。昼間、自然の状態で光が回るようにつくっているところに、照明器具というのはある意図を持って置かれるわけですから、言葉は悪いかもしれませんが、やはり演出といえるような側面が必ず出てくると思うのです。どうしたいというふうにつくっていくのが苦手なんです。そういうこともあり、今回は、自分の中では結構大きなチャレンジだと思っていて、照明というものに自分がどう取り組むのかというのは、いまだによくわからない状態です。


 そんなこともあり、あまり照明にこだわって考えないようにしてみました。先ほど、光はすべての始まりであり、様々なものが生まれ出てくる源ではないかというお話がありましたが、自然光でも人工光でも、そういう光の性質というのは、やはり一緒だと思うんです。ですから、人が暮らす空間がどういうふうにぼんやり光っているのかというようなところから、自分の中でイメージしてみました。それが人工的に実現可能かどうかということは、今のところ全く考えていません。逆に6人も照明家の方がおられるのだから、何とかしてくれるだろうというぐらいの気持ちで、勝手に想像を膨らませ、今回、液体のようなあかりというタイトルを、とりあえずつけてみました。
  今日は、僕の建物の簡単な絵などが入っているパワーポイントを持ってきました。


パネル

 これは、僕がつくっている建物の平面図です。僕らが暮らしている空間というのは液体に近い、しかも結構ドロドロした液体に近いもののように自分はとらえているんじゃないかと思っています。何かドロドロドロッと液体が流れているところを想像していただければと思うのですが、それが、時々よどんだり、ある程度流れたり、ぐるぐる回ったり、そんなイメージを自分は空間というものに持っているんじゃないか、という気がしています。


 さっきの建物はこんなふうになっていますが、隅のほうに暗いところがあってドロドロッとなっているとか、手前右側は光が差し込んでいるとか、本当は空気なので液体ではないんですけれども、ある空間に壁や光などが入ってきたとき、その空間というのは単なる気体ではなくて、もう少し液体に近いのではないだろうかという感じを持っています。


 これはトップライトで、光が入ってきているところです。これは液体というよりは雲のような感じで、微妙なグラデーションができています。そういう意識で建築全体をつくっている気がしています。


 これは住宅のプランですけれども、やはりこれも、あるドロッとしたものをボタッと落としたらこういう形になったというものです。そんな風情にも見えるわけですよね。実際これは、あのように、奥まっているところが部屋になっている、ちゃんとした家なんですが、空間の考え方としては、何かドロッとした液体のようになっている。


 これは、最近つくっている住宅です。カクカクしていますけれども、あの形が大体全部ワンルームになっています。端のほうから歩いていくと、人間が空間に流されていく、どんどん部屋の中を流されていくような、そんな状況をイメージしていただければと思います。


 これは何となく濃度の差のようなものですね。家というのは、固まりですけれども、実は中に入っていくに従ってだんだんドロドロ具合が増していくというイメージです。普通は壁を通り越すと家の中に入るんですけれども、そうではなくて、町の中を歩いていてだんだん何かドロドロしたものの中に入っていって、一番奥に行くと、そのドロドロ具合が非常に濃くて安心するという、そのような感じかなと思っています。


 そして、自分の中で空間というのが液体的なものであるとしたら、それが光っていてほしいなと思いました。空間自体が光っているという感じですね。実際、空気自体が光っているということはあまり見たことがないですよね。たいてい、物に当たって光っている。だけどそこを何とか、あたかも空間というドロドロした、あるいは割とサラサラしていてもいいですけれども、そういう液体自体が光っていて、しかも濃さが揺らめいていて、移り変わっていくような、密度が変わっていくような、そんな場所が家だったら、その濃さの中を動き回って、濃いところが気持ちいいときもあれば、サラサラしているところに移動したり、水の中に住んでいる動物みたいに住めるんじゃないかということを勝手に想像していったわけです。


 さらにこの絵は、泡が出ていますが、泡というのも、液体の中で非常におもしろいと思っています。液体と気体が共存していくときに泡が出てくると思うのですが、そんな情景もあっていいかなと思いました。じゃ、泡って何なんだよと言われると困るんですけれども。(笑)そうすると結構、夢が広がるわけです。


トーク写真

 これは、インターネットで見つけた写真なので、あまり詳しく説明できないんですけれども、液体が物体のようにかなり主張していて、向こうの風景が揺らいだりしています。


 最初の絵に戻ります。不思議な液体みたいなもの、それが光っている。それによって部屋が満たされている。その液体の密度が明るさに関係しているのかもしれないですけれども、そういうものによって、部屋の中が何となく分かれている。そこをかき分けるようにして暮らしている人がいていいんじゃないかなと思うのです。僕らは昔、海にいたかもしれないわけで、そのころの記憶に何か訴えかけるような、そんな液体のようなあかりがつくれないものかなと考えました。


 ただ、これは最初のイメージで。僕はこのプロジェクトが2009年まであるというのは結構、勇気づけられるなと思っていまして。(笑)大分変わっていても大丈夫なんだろうなと。最初のイメージがあって、やりとりしているうちに、それを現実に落とす中でいろんなアイデアが出てきたときに、全く関係のないようなものも出てくるのではないかと思っています。出発点は「液体のような」と言っておきながら、最後は何か全く予想もしないものになっていってもいいかなと思っているんです。なので、逆にそういう自由な発想を広げられるベースとして、ちょっとありそうな、ないような光をイメージしてみました。


真壁
 どうもありがとう。実はこれまで、イメージに関して、本人から口頭で直接聞いたわけではなかったものですから、いただいたプロポーザルのシートを咀嚼しながら、書面から読み取っていたのですが。でもまあ、石田さんにしろ、伊藤さんにしろ、タフネスが売り物なので、長丁場はもつと思いますけれども。(笑)石田さん、じかに伺ってどうでしょう。


石田
 そうですね、とても概念的だったんですね。もう直接的にジェルか何かでつくるかと思っていましたけれども。(笑)


トーク写真

 この話を聞いたときに、どこかのセミナーか何かで見た、レクサスのヨーロッパ展示を思い出しました。ある一つの部屋が、ミストで覆われているのですが、光をつけると、全体が真っ白く発光しているんです。そこへ、たしかあれはLEDだったと思いますけれども、ペンダントが下がっていて、そこが光ると、LEDの小さな点がまず光って、その周りにまた一つの球体みたいな形で、光が届く範囲というのが見えてくるんです。それがまたおもしろくて、そんなこともやってみたいなと思っていました。


 場合によってはミストだったり、フォグだったり、そういう技術的なもので実現できたらおもしろいと思いました。それがだめなら、紗幕のようなものでつくっていくかとか、本当にリアリティーのあることまで考えていたんですけれども。今のお話を聞くと、もっと遊んでいいわけですよね。(笑)


真壁
 ただ、恐らくその中で持続していくアイデアは、「むら」ということだと思いますね。この中に潜んでいるキーワードは、均一ではないということだと思います。ドロッとしたところとサラサラしたところというように、それが居場所をつくっていったり、場所の濃淡を決めていくような手がかりになるんだと思います。伊藤さんも、この藤本さんのプロポーザルに対してのコメントの趣旨を、皆さんにご披露していただけますか。


伊藤
 照明デザイナーの伊藤と申します。よろしくお願いします。今、石田さんからもお話があったように、このプロポーザルを見たときに、やはり霧を空間にためないと表現できないものかなと思いました。ずっとそこにいるというのは難しいかもしれませんが、ある種の不思議な体験ができる空間は実現できるのではないかと思います。しかし現実問題、そういう中で暮らすということは難しいですから、そういうことを考えると、何かやはり壁か天井の中で解決していかなければいけないんじゃないかなと思ったんです。


イメージ

 それで、石田さんと少し似ていますけれども、モワレをすべての面につくってみるということを考えてみました。よくあるパンチングの二重のモワレではなくて、もっと繊細なモワレです。それは人間の気持ちと、それから感じるモワレのパターンの大きさとか、すべてコントロールしながら、そのモワレの揺らぎが決まっていくような、そんなことが建築素材との関係でできていったら、とても不思議な住宅ができるのではないかと思っています。


 やってみないと何ともいえませんけれども、可能性としてはあるんじゃないかなと考えています。私も少しまじめ過ぎかもしれません。根がまじめですから。(笑)


真壁
 藤本さんのプロポーザルは、実験のモデルを精査しながらやっていく必要がありそうです。ただ、さっきのスライドのインテリアの写真は、彼の通常思考しているイメージにかなり近いものだから、あの空間のあかりのあり方からスタディーしてもいいかもしれないですね。


伊藤
 今、ご本人から直接いろいろお話を聞いたので、私も今、大分ずれているかもしれないなと思っています。まあ長いですから、よろしく。(笑)


藤本
 実はこれ、提出期限を過ぎてギリギリで出したので、すみませんでした。今、お話を聞いていて、確かにその「むら」というんでしょうかね、それは僕の中ですごく大事なんですよね。それと同時に、僕の中では結構、光が満ちているようなイメージだったんですけど、逆に、すごく暗い状態というんでしょうか。例えば、ヨーロッパでゴシックの教会へ行くと、別に霧が差しているわけじゃないのに、光がシュッと見えますよね。


真壁
 チンダル現象ですね。


藤本
 そこにゆったりと何か空間が動いているような、とどまっている感じが見えるじゃないですか。暗いと、かすかなむらのようなものが逆に見えるのかなという気もしています。自分の中では、ぼんやり明るい感じをイメージしたんですけれども、すごく暗い状態でしか実現できないことがあってもおもしろいという気がしました。