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建築家・中山英之氏の求める自由な光

2022.6.1
建築家・中山英之氏の求める自由な光

建築家・中山英之さん

「まぁ、デモクラシーですね」
少し冗談めかして中山英之さんは言う。照明の話でそんな言葉が出るとは思わなかった。しかしインタビューが終わって、我々は自由のありがたみを感じるとともに、更により自由で多様な光を求められる時代にいることも自覚するべきではと考える。“民主的”な照明を求めていいのだ。

大きな一つの光をつくる

箱根のポーラ美術館における『モネ-光のなかに』(2021年4月17日〜2022年3月30日・以下モネ展)で会場構成を務めた建築家の中山さん。そこを糸口として、自身の考える光のありようを話してもらうこととした。

「モネをどう見るかというときに、それが描かれた自然光のもとで鑑賞できること。おそらくあらゆるキュレーターにとっての夢ではないでしょうか」

クロード・モネを代表とする印象派絵画の大きな特徴として、太陽のもとで、屋外で描かれたこと、そしてそれは作家の自由な、移動とモチーフの選択によるものだった。パトロンのためではなく、それまでの芸術に課せられた権威や規範から解放された、最初の作家がモネということができる。「ピクニックのような自由な気分で見て、その当たり前の自由を喜べることがモネと向き合う上で必要なのではないか、それを最初に考えました」。それが冒頭の言葉につながる。

もちろん、実際に太陽の光を作品に当てるわけにはいかない。「大きな一つの光をつくりたかった。絵の一つ一つではなく、太陽のように分け隔てなく照らすイメージです」。さも“絵を見なさい”というような恣意的な光をつくり出さない。「自然の光においても、人はある現象や瞬間や場面を見い出した自分がうれしくなる。そんなことを会場で実現できたらと」。

『モネ-光のなかに』会場構成のスケッチ
『モネ-光のなかに』会場構成のスケッチ

光が空間体験の質を決める

モネの“旅路”を感じさせるシーケンスをつくるために展示壁を湾曲させ、全体を覆う天井膜を反射光で照らした。「曇天の空のような柔らかい光」だ。中山さんは照明デザイナーの岡安泉さんに相談。実は今回のプロトタイプとも言えるようなプロジェクトを岡安さんと実現していた。

東京・銀座にある中国料理店『厲家菜 銀座』。星付きの高級レストランで、客席は傘のような照明器具とユーモラスな形状のソファのみという基本構成だ。傘の照明は、中央のリングから上向きの光による反射光で、柔らかくテーブルを照らす。料理が映え、お客の顔も綺麗に映る。ソファも音や視線を遮るよう工夫されている。壁や仕切りで空間を窮屈にせず、光と音を制御することで、高級店としての“機能”を実現したかたちだ。なお、傘には上部の小さな穴でアンビエント光をつくっていたり、反射と吸音で音を制御する効果もあるという。わずかなキャッチライトを生む下向きの照明やBGMスピーカーも内蔵されていて、実に多機能だ。

『厲家菜 銀座』の店内。撮影:阿野太一
『厲家菜 銀座』の店内。撮影:阿野太一

「このときの経験で間接光の働きというものへの実感を得ることができました」

モネ展では、展示壁上部にリニアな照明器具を付け、上向きに光らせている。絵を受け止められる展示壁の大きさ(余白)と十分な拡散が得られる天井との距離の兼ね合いを、モックアップによる実験で見出していった。

「その実験で同時にミュージアムガラスへの映り込みも慎重に検討しました」。普通に照らせば、絵が一番明るいため、映り込みは発生しにくい。ただ、ここでは天井が一番明るく、下手をすると鑑賞の阻害を招く。対向面を暗くするなど繊細な空間の操作で、結果として絵を覆うガラスの存在を全く感じられない、認知できないレベルになった。これは作品と向き合う体験において大きな違いがある。

『ポーラ美術館「モネ―光のなかに」展(2021- 2022年)の会場風景
『ポーラ美術館「モネ―光のなかに」展(2021- 2022年)の会場風景
『ポーラ美術館「モネ―光のなかに」展(2021- 2022年)の会場風景 【©Gottingham Photo courtesy:Pola Museum of Art】
「ポーラ美術館 『モネ-光のなかに』展」詳細はこちら

記憶の引き出しを開く

LEDの普及によって、照明は熱や大きさなどの物理的干渉は減り、調色や調光だけでなく、さまざまな制御が自在となった。もっと自由な発想もできるはずだ。

「光って経験とともにあるので、違う環境でも同じ光の質をつくると“記憶の引き出し”が開くんです。モネ展では室内空間に屋外での経験の“引き出し”を開いてみたわけです。日々の仕事でも『体育館みたいな光』とか『電車の中の光』とか比喩を使います。逆に現実と記憶による光とのギャップが面白かったりする。そういう記憶の光の再現が技術によって可能になっているのが現在です。更に、新しい照明のテクノロジーによって、僕らがまだ感じていない光のありようが実現することで、経験のアップデートもできるはずなんです」

器具だけでそういった新しい光の質をつくることも可能だが、中山さんはこうも考える。

「様々な光の現れは、環境が現象させていると言えます。夕焼けや青い海の色も、太陽の全波長光が反射や吸収を繰り返した結果ですよね。照明器具でそういう光をつくってもいいのですが、環境で現象するという状態と建築をもっと馴染ませたい。今進めている、都会でトップライトくらいしか十分な採光の取れない狭小住宅があります。ここでは光の経路を複数つくって、常に変化しながら、現象し続けているという環境をつくろうとしています」

一方で、「光の質がつくる記憶のトリガーというものはとても強い」。そのため、器具を固定すると、思考や行動すら固定的になる。

「ある住宅では建築照明を一切つけず、可動できる器具だけにしました。設計者が空間に合わせて光を決めてしまうのではなく、ユーザーが光の質を選べる方がいいと考えたのです。アキッレ・カスティリオー二の『ARCO』という有名なフロアスタンドがありますが、あれはシェードのある光の下に小さなテーブルを置けば、そこがダイニングになる。テーブルを置いてイスに座っても、その後ろを給仕できる空間がベースとの間にデザインされているんです」

ベースも移動を想定したフォルムになっていて、照明器具ながら最小単位の建築とも言える。中山さんはカスティリオー二のそうした哲学をリスペクトしている。

「使い手の主体的なアクションによって光のトリガーが引かれて、初めて空間が現れる、それ以外では全波長的な光に戻る。建築もそんな風につくりたいと思っています」

『モネ-光のなかに』展で使用した調光調色LED照明「Synca」詳細はこちら
中山英之(なかやま・ひでゆき)

1972年生まれ。東京藝術大学建築学科卒。同大学大学院修士課程修了。伊東豊雄建築設計事務所を経て、2007年に中山英之建築設計事務所を設立。主な作品に『O邸』(2009年)、『Y邸』(2012年)、『弦と狐』(2017年)、『mitosaya 薬草園蒸留所』(2018年)など。2014年より東京藝術大学准教授。

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